5.清楚な彼女のお願い

 俺が所属するクラスは二年二組である。アスカさんと紗良さんも同じクラスだ。

 朝、同じマンションから通学をした俺達ではあるが、教室では三人共が別々のグループの輪に入っていた。

 アスカさんは派手めなグループ。紗良さんは優等生グループ。そして、俺はといえばぼっちグループに……いや、ぼっちにグループって概念はなかったわ。


「……」


 席に着いて今朝のことを思い返す。

 朝から紗良さんに熱烈なハグをされたものだけど、なんてことはなくただ単に寝ぼけていただけだった。


「あらやだ。和也くんにサービスしちゃったわ。でもいいわ。泊めてくれたお礼ってことにしてあげる」


 目が覚めた紗良さんの言である。

 言葉にはしてないが「だから寝ぼけて男子に抱きついたことを言いふらしでもしたら許さない」とのニュアンスを受け取った気がする。ぼっちに秘密をしゃべる相手なんていないんですけどね。とりあえず意識を失くしたから覚えていない、ということにしておいた。

 その後はアスカさんが作った朝食を三人で食べて、身支度を済ませて登校した。振り返っても本当に女子が宿泊したのか疑いたくなるほどに、それ以外に何もなかった。

 むしろ陰キャとしては何事もなくやり過ごせたこと自体を褒めてあげたい。変なことをやらかさなくて本当に良かった。焦った末に余計なことを言うのが陰キャの特徴ですからね。経験者は語りたいのだ。

 一泊させたからって、調子に乗って教室で二人に話しかけたりなんかしない。急に馴れ馴れしくなるような仲ではない。勘違いして、嫌な顔をされたくはないのだ。


「ねえ和也くん。いっしょにお昼食べましょうよ」

「うえっ!?」


 なんか変な声が出た。

 昼休み。午前中、ずっと俺の方を見向きもしなかった紗良さんが話しかけてきた。しかも昼食のお誘い付きで。

 慌ててアスカさんを探す。けれど教室に姿はなかった。片割れはどうした?


「私とアスカはいつも一緒にいるわけじゃないのよ?」

「そ、そうだよね……」

「あら、そんなに声を潜めなくてもいいのよ? ああ、でも和也くんは私との関係を秘密にしたいのよね。私が迂闊だったわ。ごめんなさい、あなたの意に添えるようにがんばるわ」

「と、とにかく場所を移そうかっ」


 何を口走ってんだこの人は! 声を抑えるどころかボリュームを上げやがったぞ。

 紗良さんはクラスでトップクラスの美少女だ。きっと男子人気が相当あるに違いない。清楚系は男受けが良いのだ。

 そんな彼女が陰キャでぼっちな俺に話しかけているという光景はとても目立つ。実際にクラスメイトから注目されているように感じた。

 そんな状況で誤解を招くようなことを口にするのは慎んでほしい。ぼっちに人権がなくなったらどうしてくれるんだ。


「和也くんは私をどこに連れて行ってくれるのかしら? もしかして二人きりの場所へ? 和也くんったら、大人しそうに見えて大胆なのね」

「俺が返事しないからって勝手に話を進めるのやめてくれます?」


 外見は大人しそうに見えるのに口数の多い人だ。しかも余計なことばっか言うし……。初心な男子をからかうのはやめてもらいたい。

 クラスメイトの視線から逃れるために教室を出た。当然のように紗良さんが隣を歩く。


「あの、隣を歩かれるのはちょっと……」


 それこそ誤解を招きそうだし……、とは言わなかった。さすがに自意識過剰なのはわかっている。


「和也くんって、女は男の三歩後ろを歩けって考えているタイプ?」

「い、いや、そういうわけではないんだけど……」

「それとも、背後から襲撃されるって本気で考えていないタイプ?」

「それは俺じゃなくても大抵の人が心配もしていないことだよ」

「ふぅ、平和ボケしているのね」

「紗良さんはどこの殺し屋の考えを持っているの?」


 殺伐としすぎなんですけど。素直に怖いよ……。


「まあ、私が言いたいこと……いえ、和也くんにお願いしたいことはね──」


 階段の踊り場にさしかかった、丁度周りに誰もいないタイミングで、紗良さんは言った。


「あなたの家に、これからも私とアスカを泊めてほしい。ただそれだけなのよ」


 ただそれだけのことを言うために、紗良さんは俺を昼食に誘ったのだろう。

 ……いや待て。なんてことのないお願いみたいな感じで言ってるけど、この人かなりとんでもないことを言ったぞ。

 涼しい顔をする清楚系美少女とは対照的に、ごく普通の思春期男子である俺は恥ずかしくて顔を俯かせてしまったのであった。


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