今度こそ取材をするのじゃ! ─お銀視点─
少し前に亜真女からの初仕事として、わしは取材を受けた。本来ならわしも取材する側なんじゃが、特集のお題が座敷童では仕方がなかろう。
「ふふふ。しかし、今回はわしも取材する側じゃ!」
「お銀ちゃん、誰と話してんの?」
不思議そうな視線を美尾から向けられる。おっと、いかんな。残念な座敷童と思われてしまうところじゃった。
「美尾よ。最近、二人で遊ぶネタに困ってきておらぬか?」
「え? あ、うん。そうやね。なんか面白い遊びでも思いついたん?」
「いや、遊びではない。取材をするんじゃ」
「あの亜真女はんから頼まれた仕事? なんか連絡でもあったん?」
「いや、まだじゃ。しかし、逆にこちらから提案してはどうかと思ってな」
美尾の瞳が輝き出す。ふふふ、やはり美尾も食いついてくるか。そうじゃろう、労働の喜びを知ってしもうた以上、また働きたくなるじゃろうて。
「でも、誰を取材するん? あ、お雪さんかな? それとも千代さん?」
「いや、そなたじゃよ、美尾」
「え、うち!?」
「そうじゃ! わしが取材を受けたんじゃから、そなたも取材を受けねばいかんじゃろう! 不公平じゃ!」
「なんか最後に本音が漏れてるやん!」
こっちは色々と洗いざらい吐かされたんじゃ。今度はわしが美尾の全てを晒してみせようではないか! でなければわしの気が済まん!
しかし、わしのただならぬ気配を察知したのか、美尾は何とか逃げようとしおる。
「そうや、どうせならお婆さまにしよ! 妖孤としてもお婆さまの方がずっと貫禄があるし、長生きしたはるからいろんな話が聞けるやろ?」
「くくく、確かに魅力的な提案ではあるがな? 初々しい妖孤の話も読み手は望んでおるじゃろう。特にかわいらしいそなたであれば尚更じゃ」
なんとしても、以前のわしのように全てを吐き出させねばならぬ。美尾の全てを!
「あ、それなら亜真女はんに聞こうな! うちらの取材した話を
「む、確かに一理あるの」
せっかく取材しても亜真女が話を買い取ってくれねば一文にもならぬ。本来は御前家の家計を助けるために始めたことじゃからな。そこは弁えておかねばなるまい。
「よかろう。それでは電話で尋ねてみようではないか」
わしらは据え付けられた電話のあるところまで移動する。そして、美尾が受話器を手に取った。規則に従って亜真女の電話番号をひとつずつ打ち込んでゆく。
「あ、もしもし、美尾です。亜真女はん、ちょっとお話があるんやけど」
という美尾の声から話は始まった。受話器から亜真女らしき声がわずかに聞こえるが、内容まではわからん。しかし、最後の方で美尾が発した「え、ほんまに!?」という声から、話がわしに不利じゃということが何となくわかった。
やがて電話が終わって美尾が受話器を下ろす。そして、ゆっくりとこちらに振り向いたときの顔はとびきりの笑顔じゃった。
「お婆さまを取材することに決まったで!」
ああ、なんというまぶしい笑顔か。普段ならその明るい顔を見ればこちらも幸せになれるというのに、今は気が落ち込むばかりじゃ。
「なぁなぁ、取材っていつ行く?」
「まぁ、早い方がいいのう」
「それやったら、明日にしよか。お昼ご飯食べてから。今日は何を聞くか一緒に考えよ!」
わしは力の抜けた笑顔で美尾に応じた。電話をするのがわしじゃったらと思わんでもないが、今更じゃなぁ。下手に任せるのではなかったの。
亜真女からの指定があった以上、それに従わざるをえん。翌日、わしらは稲荷山へと赴いた。生活費のことを相談するために向かったとき以来じゃな。
「二人とも、よう参ったの」
「うん! あ、これ、義隆から持って行ってやって。中身はパンや。お婆さま好きやったよね?」
「おお、これは気が利くではないか。ほう、これは見たことがないものもあるのう」
そういえば、玉尾殿はパンの食べ比べに凝っておるんじゃったか。昼前に義隆がスーパーマーケットでたくさん買ってきておったのに驚いたわ。
「それで、今日は何のようかの?」
「義隆の隣に住んでおる亜真女の仕事を我らで引き受けておるのじゃが、今日はそれに協力してほしいのじゃ」
「確か、義隆の家計を助けるために引き受けたやつじゃったな?」
「うむ、瓦版のように何かしらの話を広めるための媒体として雑誌というものがあるんじゃが、それに載せるための話作りに力を貸してもらえぬか」
「うちらはお婆さまから話を聞く取材をしに来たんや!」
狐の姿に戻った美尾がぴょんぴょんと跳ね回って玉尾殿に話をする。あーあ、これでは筆記係はわしがするしかないの。
「よかろう。美尾がこれだけやる気になっておるのなら、否とは言えまい」
「それじゃ始めるで、お婆さま」
前回同様いきなり取材に入った美尾じゃが、知り合い、いや、美尾にとっては最も気安い相手じゃから遠慮は無用か。
「お婆さまは、どこで生まれたん?」
「唐の国、今の中国じゃな。昔は全く別の呼び方じゃったが、もう忘れたのう」
「飛んできたん?」
「そうじゃ。海に隔てられておるから、歩いて渡るわけにはいかんしの」
「玉尾殿ならばやってしまいそうに思えるが」
「ほほほ、やってできぬことはないが、飛ぶ方が楽じゃのう」
できるのか、さすがじゃ。年季の入りようが違うし、当然やもしれぬが。
「でも、なんでこっちに来はったん?」
「うむ、同じ九尾の狐で玉藻という奴がおっての。当時は別の名じゃったんじゃが、まぁそれはよかろう。ともかく、その玉尾が唐の国で散々悪さをした結果、わしも悪者扱いされてしもうてな、それが嫌になってこちらに移ってきたんじゃよ」
「とんだとばっちりですなぁ」
「全くじゃ。しかも玉藻め、向こうにおられぬようになったせいか、後から奴もこちらに渡ってきての、あの阿呆、同じように悪さをしおったんじゃ」
九尾の狐といえば、人にはあちらの方がずっと有名じゃからな。さぞかし悪評で苦労されたんじゃろうな。
「あ、そうや。うち、お爺さまを見たことないんやけど、どこで出会ったん?」
「なに、あー、あやつか。うーむ、どう説明したもんかのう」
おお? 珍しく玉尾殿がもにょり出したぞ? 落ち着きなく体を動かし始めた。
「ほほほ、何やら照れくさいのう」
「諦めてくだされ。わしも美尾に洗いざらい吐き出させられたんじゃ。逃れられませぬ」
「なんと、それは恐ろしい」
「お銀ちゃん! もう、その言い方やとうちが無理矢理聞いたみたいやんか!」
「亜真女や義隆と組んで答えるように仕向けたではないか」
「うっ、あ、あれはみんなが自分で聞きたいから一緒にゆうてただけやん」
玉尾殿への取材をそっちのけで言い争い始めるわしと美尾。最早取材どころではなくなりそうになる。
「まぁ、待て。そう争うではない。ちゃんと答えてやるから」
「う、うん。ごめんなさい、お婆さま」
「いやこれは申し訳ない。つい熱うなってしまった」
「ほほほ、まだまだ若いということかの、お銀よ」
ちょっとした醜態をさらしてしもうたのう。
その後、玉尾殿への取材を再開して、美尾の祖父殿の話だけでなく、さまざまな話を聞くことができた。これは取材抜きであっても聞く価値ありじゃな。
そろそろ西の空が朱くなり始めた頃になってようやく取材が終わる。
「もうよいのか?」
「うん、ありがとう、お婆さま! こんなにたくさんお話してくれて」
「色々と興味深い話もあって楽しかったですぞ。また聞きたいくらいじゃ」
「そうか。それは話した甲斐があったというものじゃな」
「それじゃもう行くな!」
「それでは失礼します、玉尾殿」
「おう、気をつけて帰るとよい」
いや、実に有意義な時間じゃった。しかし、美尾への取材はできなんだな。またそのうち機会を窺うとしよう。
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