遊んだ後は仕事やで

 玉尾さんがやって来た翌朝、出勤日やったお雪さんは朝ご飯を食べると家を出た。俺を含めた残り四人は特に外出の予定はないから家にいる。


「『パン』というやつを初めて食べたが、面白い食感じゃったのう」

「西洋の白ご飯みたいのもんですよ。最近やと日本人でも当たり前のように食べてますけど」

「それ自体には大して味はないが、色々と付け加えることができるという点も白米と同じじゃな。そういえば、菓子パンや総菜パンなどかなりの種類があると申しておったな」

「はい。米を材料にしたおかきやおはぎみたいなものです。ただ、種類はパンの方がずっと多いんと違いますかなぁ」

「それは色々と試してみたくなるのう」

「あちこちの店に売ってますから、気に入ったやつがあれば買ってきますよ。ああでも、そうなると買い物についてきてもらわんといかんのか」

「そういうことなら付き添うぞ」


 今の俺は食卓で玉尾さんの話し相手をしてる。朝ご飯に出した食パンから話が広がってるんや。驚いたことに、玉尾さんはパンを食べたんは今日が初めてらしい。なんと美尾ちゃんよりも遅いんや。パンを買うために買い物の付き添いを申し出てきたけど、どう考えても近所の噂になることは確定やね。また木村さんの格好のネタになりそうやなぁ。

 一方、美尾ちゃんとお銀ちゃんは居間で遊んでる。最近はトランプが流行りらしい。しかも、ばば抜きや七並べやなくてポーカーときた。君らそれどこで覚えたんや。


「よし、手札は見たか? ならベットせい!」

「うーんと、このくらいかなぁ」


 黒髪からにょきっと生えた狐の耳をぴこぴこさせながら、美尾ちゃんは脇に置いてあったぼ○ち揚げをひとつ前に出す。あれ、チップ代わりなんか。


「ひとつか。しけておるのう」

「しけてへんもん。まだ袋から出してへんし、ぱりぱりやで!」


 ぼ○ち揚げひとつずつを小さな袋に入れたタイプのやつを使ってるんやけど、あれは洒落のつもりでゆうてんのかなぁ。それとも本気なんかなぁ。


「ならわしは、これを出そう」

「っ!? おせんべい!?」


 対するお銀ちゃんが出したんは、ぼ○ち揚げの四倍くらい大きい煎餅を出してきた。どうゆうレートなんかは知らんけど、美尾ちゃんは明らかに動揺してんな。分が悪いんやろか。


「さぁ、どうする? 美尾よ」

「うう、そんなに自信あんの? でも、さっきそれでひっかかったし」


 何やらいっちょ前に心理戦を展開している模様。お尻から出てる尻尾がしきりに左右へと振られてる。くそ、ほほえましいというより、笑えてくるな、これ!


「義隆、あの二人は何をしておるのじゃ?」

「ポーカーっていうカードゲームです。花札の西洋版みたいなもんです」


 ポーカーのルールを知らん玉尾さんに概略とルールを簡単に教える。実際にやってみんとわからんこともあるやろうから、ふんわりとさえ伝わったらええやろう。

 そうして再び美尾ちゃんに視線を向けると、まだ悩んでた。余程困ってるらしい。


「ふははは、いくらわしの手札を睨んでも中は見えんぞ? 早く覚悟を決めるんじゃな」

「うーん、えい!」


 お、美尾ちゃんも煎餅を出してきたな。これでぼ○ち揚げひとつ分だけ美尾ちゃんの方が多い。次はお銀ちゃんか。


「ふふん。ならわしもぼ○ち揚げひとつを出そう」

「これで決まりやね」


 お互い不敵な笑みを浮かべてにらみ合う。決着のときが来たようや。


「「ショー・ダウン!」」


 二人が一斉に叫ぶ。同時に俺は思わず吹いてしもた。となりの玉尾さんはほほえましそうに見てる。

 お互い右の手札から一枚ずつ裏返してゆく。三枚をめくった時点で、お銀ちゃんはジャックのワンペア、美尾ちゃんは四のワンペア。


「くくく。美尾よ、形勢不利じゃな?」

「最後まで見んとわからへんもん」


 美尾ちゃんのゆう通りやな。ともかく残り二枚を見んと結果はわからん。


「なんじゃとぉ!!」

「やったぁ!!」


 そうして五枚全部めくった結果、美尾ちゃんの勝利が確定した。ちなみに、お銀ちゃんはジャックとキングのツーペアで、美尾ちゃんが六と四のフルハウスやった。なんで美尾ちゃんはそんな手で怯えたんかな。




「と、まぁ、こんな感じで毎日過ごしてます」

「なるほどの。思った以上に楽しそうではないか」


 尚もおかきなどをかけたポーカーを続ける二人を見ながら、俺は玉尾さんに話しかけた。


「俺以外にお銀ちゃんやお雪さんがいるからですよ」

「その二人を引き寄せたのはそなたであろう。それを『徳』というのじゃよ」

「なんか照れますね~」

「ほほほ、たまには褒めてやらんとな」


 そうやって話をしてると、家の電話が鳴る。誰やろう?


「はい、御前です」

「か、川谷です。お、おはようございます。お、お銀ちゃんか美尾ちゃんはいますか?」

「ええ、いますよ。ちょっと待ってくださいね。おーい、お銀ちゃん、美尾ちゃん、川谷さんからやで~」

「「はーい!」」


 元気なかけ声と共に、とたとたと二人分の足音がこちらに向かってくる。


「どっちが出るんや?」

「わしが話そう!」


 そうゆうと、お銀ちゃんは俺から受話器を受け取って亜真女さんと話を始めた。すると、最初に「何、それは真か!?」とゆう驚きの言葉から始まって、そのまま感情が高ぶったまま亜真女さんと言葉を交わしてる。

 お銀ちゃんは「ではな、待っておるぞ!」と話を終えると、勢いよく受話器を置いてこちらへと振り向いた。


「なぁ、何の話なん?」

「美尾、わしらに仕事の話が舞い込んできたぞ! 亜真女が今からこっちに来てその話をしてくれるそうじゃ!」

「え、ほんまに!?」


 なんと、先月のあの話かいな。そんな簡単に仕事なんて回ってこうへんって思ってたのに、えらい都合がええやんか。

 玉尾さんの方を見ると笑顔でこちらを見返してた。そりゃまぁ、俺も二人にできることなんやったら嬉しいですけどね。


「それで、亜真女さんは今からこっちに来やはるんか?」

「おう! あ、こうしてはおれん。美尾、トランプを片付けるぞ! 義隆、亜真女に茶を出してくれ」

「わかった」


 また随分とやる気やなぁ。二人が今に駆け込むのを見送って俺はお茶の用意を始めた。いい話やったらええんやけどなぁ。




 電話をしてから十分もせずに亜真女さんはやって来た。お隣さんやから雨が降るほど外出せんでいいのは助かるそうや。

 居間にやって来ると初対面の玉尾さんに驚きつつも、亜真女さんは何とか自己紹介を済ませた。そして食卓に案内する。


「あ、あの、き、今日は前に言ってた仕事の話なんだけど、ふ、二人にも協力してほしいからお願いに来ました」

「それで、どんな仕事なん?」

「そ、それはね、よ、妖怪に関する連載記事なの」


 それを聞いた美尾ちゃんとお銀ちゃんは目を輝かせる。自分たちも役に立てるってゆう喜びやろう。ただ、亜真女さんの話を聞いた瞬間、俺はどこの雑誌に載るんやろうと首をかしげたけど。


「それで、わしらは何をすればいいんじゃ?」

「ま、毎月一回雑誌に載せるんだけど、ま、毎回ひとりの妖怪について詳しく書くのよ。だ、だから、そ、その妖怪に会って取材してほしいの」

「あー、確かにこの二人は適任やなぁ。何しろ本物の妖怪なんやし」


 ある意味最適の相手に協力を求めてるわけやな。


「具体的には何をするのかえ?」

「えっと、ふ、普段何をしてるのかとか、た、食べてる物とか、と、得意なこととか、ほ、他にも、い、一般的に流布してる噂は本当なのかとか、が、学術的な見解に対する意見とかを聞きたいんです」

「なんか、俗っぽいことから高尚なことまでごたまぜやなぁ」

「それを本人から聞いたらええの?」

「ええ。も、もちろん、と、特定されてしまうようなことは書かないし、つ、都合が悪いことは無理して聞かないわよ」

「それでも本物の妖怪から聞けるんやから、他とは一線を画すよなぁ」


 かっこよくゆうたら、ノンフィクションとかルポタージュみたいなもんやしな。それに、最近の俺の周りやと相手に事欠かんし。


「ど、どうかな?」

「やる! 話聞くだけでええんやろ? うちやる!」

「それで銭が稼げるというなら、わしもやるぞ!」

「決まりのようじゃの」


 どんな妖怪から話を聞くのかにもよるけど、まぁそこまで危ないことはないやろう。玉尾さんも反対せぇへんってゆうことは俺と同じ考えなんやろうし。


「よ、よかった。イ、インターネットなんかである程度は調べられるけど、そ、それ以上の深い話なんて直接聞かないとわからないから」

「けど、そんな話雑誌に載せてどんくらい信用してもらえるんやろう?」

「こ、今回の連載記事は、も、もし妖怪が実在したらどんな生活をしているのか、っていうことを書くの」

「あーなるほど。で、どうせなら本人に聞いて書いてしまおうとゆうわけなんや」


 亜真女さんは頷く。俺はようやく納得した。

 一応他の三人にも企画の方針について説明しておく。それを聞いた玉尾さんは苦笑いをして頷いてくれて、美尾ちゃんとお銀ちゃんは笑顔が少し微妙なものになってしもた。


「ま、まぁ、稼ぐのが目的なんじゃし、わしはいいぞ」

「うちもやらへんなんてゆうてへんよ?」


 ようやく回ってきた仕事を手放したくない二人は、それでも引き受けることにしたようや。まぁ、これでようやく二人の望み通りになったわけやな。とりあえずは良しとしよか。

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