とりあえず丸焼きなんてどうやろ?

 いきなり理不尽な形で街を案内するように頼まれた俺やけど、すぐに何を案内すればええのかなんてわからん。そやから、まずは食べ物で様子を見ることにした。


「それじゃ、なんか食べてみます?」

「なんかってなんなん?」

「うずらの丸焼きってのがあるんや、美尾ちゃん」

「うずらとは、あの小さくて丸こい鳥かえ?」

「そうです。平たく捌いて焼いたやつにたれをつけて食べるんです」

「そう言えば口にしたことはないのう」

「義隆、うち、それ食べたい!」


 何も思いつかんかった俺は、とりあえず目の前にある名物を勧めることにした。


「まずはお稲荷さんの前にある商店街に行きましょか」

「おお、門前町か」


 目的の商店街へと歩いている途中でも二人と雑談してたけど、この二人は人の街に関するある程度の知識はあるらしい。なんで山に百年以上引きこもっていてそんなことを知ってるのかというと、たまに帰ってくる玉尾さんの娘夫婦に教えてもらってるそうや。


「それにしても、そこまで娘さん夫婦が人の街に詳しいんでしたら、次帰ってきたときまで待ってたら良かったんと違いますか?」

「確かにそうなんじゃがな。次にいつ帰ってくるかわからんのでのう。それに美尾からも毎日のようにせがまれてしもうてな」

「お婆さま!」


 口をとがらせて抗議する美尾ちゃんやけど、その姿がまたかわいらしい。玉尾さんは口元に袖を当てて笑ってる。う~ん、どう見ても親子やな。祖母と孫には見えん。


「こうして人の姿で歩くと新鮮じゃのう」

「まるで人になったような気分やわ」

「二人とも、不用意な発言は控えていただきたい」


 そして雑談の最中に二人はときたまこういった発言をする。何のために人の姿になったと思ってはるんですか。ただでさえ和服美人で目立つとゆうのに。

 忘れた頃にぽろっと不用意な発言をする二人に緊張しつつ、目的の商店街へと到着した。


「うわぁ、こんなふうになってるんかぁ」

「遠目に見たことはあったが、間近で見るとこうなっておるのか」


 片や初めて、もう片方は百年以上ぶりに山を下りてきたということもあって、全てが新しく見えるようや。


「それにしても、玉尾さんはたまに外へ出ることはなかったんですか?」

「それがのう。一旦ものぐさになってしまうと、どうにも外へ出るのが億劫になってしまうんじゃよ」

「気持ちはわかりますけど、それで百年間も稲荷山でじっとしてはったんですか」

「たまにそこいらをぐるっと一巡りすることはあったぞ。全く動かねば体がなまってしまうからの」


 家の中から出たくなくなるようなもんか。それにしても、桁の違う引きこもりやなぁ。

 周囲にあるもの全てが珍しい二人は、ゆっくりと歩きながらしきりに四方を見回す。ただ、同じ見回すにしても、玉尾さんはその場でゆったりとした動作で視線を巡らせるのに対して、美尾ちゃんはちょこまかと動き回っている。動きにくそうな着物でしんどくないんかな、あれ。


「それじゃ、うずらの丸焼きを食べましょか」


 俺はとある店の前でうずらを丸焼きしているところを指差した。結構いいにおいがしていて食欲をそそられる。


「先ほどから気になる香りがしておると思うておったら、あれじゃったのか」

「うわぁ、おいしそうやなぁ」

「すいません、そのうずら三つもらえますか?」

「はぁい、ちょっと待ってな~」


 店の前まで移動すると、俺は女の店員さんに三人分を頼んだ。

 目の前にある網の上には串に刺されたうずらがいくつか並んでいる。うずらという鳥自体は小さいねんけど、それを開いて丸々一羽を差し出されると大きいとも小さいとも言えん。ただ、肉の香りとたれの香りが食欲をそそる。横から覗く美尾と玉尾さんの二人も興味津々や。


「ほう、これがうずらの丸焼きかえ。こんがりと焼くんじゃのう」

「はよう食べてみたいなぁ」

「もうちょっとで焼けるし待っとってくださいね~」


 やたらと明るく語尾を伸ばすおばちゃんは手際よくうずらを焼いてゆく。赤白かった肉全体が裏返されるごとに狐色になり、次第にその色を濃くしていった。そして、たれの入った器に一旦入れると再び網の上に戻す。


「なぁおばちゃん、それなんやの?」

「ん~、これかぁ? これはなぁ、秘伝のたれなんよ~。これをつけると美味しくなるんやわ~」


 たれを付けたうずらからは、たれのはじける音と煙が舞い上がる。そしてそれに併せて肉とたれの混ざった香りが一層強くなった。ああ、明らかに誘ってるよなぁ。


「はぁい、お待ちどうさぁん」


 そう言いつつ、焼き上がったうずらの丸焼きをおばちゃんが俺達に手渡してくれる。ただ、俺の場合は先にお金を支払うために少し待ってもらったけど。


「ふっ、はふ、これはふこしはついの」

「でも美味しいよ、お婆さま」


 俺がもらった頃には、既に二人はうずらの丸焼きに口を付けてた。できたてなので熱いわけやけど、そういえば二人は大丈夫なんやろうか。猫舌やったらちょっとつらいかもしれん。いや、犬科やから平気なんか?

 様子を見ていると一応食べることはできているようで一安心や。

 続いて俺もかじりついてみた。すると、弾力のある感触が歯に伝わってくる。食いちぎって噛んでみるとたれの味が最初に広がってきた。おお、これはええな。

 何度か噛んでいると肉の味もわかってくる。これは肝? ししゃも? 細かい表現ができん俺にとってはこれ以上はわからんなぁ。まぁ、美味しいんでよしとするか。

 次にもう少し大きくかぶりついてみる。今度は足の部分や。そして咀嚼すると歯に堅いものが当たる。骨か。俺はそれをそのまま噛み砕いた。中には骨があかんっていう人もいるらしいけど、俺は食える。っと、そこで思い出した。


「あ、二人とも、うずらの骨はいけるんか?」

「骨がなんやの?」

「うむ、この程度なら平気じゃぞ」


 見ればもう半分以上食べている。少し冷めてきたせいか、最初の頃と違って思うようにかじってるようやな。


「そういや時期が合えば雀も食えるんやったな」

「雀? あのちっこいのん?」

「あれか。そういえば最近は口にしておらんのう。見かけることも少なくなったわ」

「え、玉尾さん、雀食べたことあるんですか?」

「昔はそこら中におったからの。目につくやつをたまに食ろうておったぞ」

「えー、お婆さま、うち食べたことない」


 美尾ちゃんが羨ましそうに玉尾さんを見上げる。


「玉尾さん、それってもしかして丸呑みなんですか?」

「ん? いや、ちゃんと噛んでから飲み込んでおったぞ」


 ちゃう、ちゃうんや、玉尾さん! いや、一応受け答えはあってるけど、俺が聞きたいことはそういうことと違うんや! もう生きたまま食ってる時点でアカンのですわ!


「躍り食いしてたんですか」

「うむ。まぁ、逃れようと暴れるものじゃから、何回か噛んでおとなしゅうさせておったが」


 そんなところまで聞きたくなかったです。しもた、雀の話なんて振るんやなかったわ。

 微妙に食欲をなくしながらも俺は自分のうずらにかぶりつく。ああ、たれがうまいなぁ。


「なぁ義隆、このうずらみたいに雀の丸焼きもあんの?」

「先ほどの口ぶりじゃとあるみたいじゃな。うずらはこちらの方がずっと旨い故、そちらも楽しみじゃな」

「あー、あることにはあるんですけど、確か秋から冬にかけてやないと出ないんですわ。そうですから今は食べられへんのです」

「それじゃ秋になったら食べさせてな!」


 美尾ちゃんは一瞬がっかりしたものの、後で食べられるとわかって再び明るくなる。


「ふぅ、まずは美味い物を食わせてもろうたの」

「おおきに、義隆! 美味しかったよ!」

「そりゃよかった」

「それで、次はどこに連れてってくれるん?」


 うずらの丸焼きがお気に召したのか、次の提案に期待の眼差しを向ける美尾ちゃん。玉尾さんの方を見ると同じや。あれ、ハードルが上がってる?

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