第13話 鳥籠(とりかご)
『明日、一緒に勉強会しない?』
まるで勇気を振り絞るかのように、恵ちゃんはそう言った。
てっきり遊びに誘われるのかと思って断る用意をしていたのだけど、勉強会なら…。
恵ちゃんは私と同じ文系の高校一年生。
しかも名門校の優秀な生徒だから、分からない所は聞くことができる。
でも……、
『ど、どうかな?』
私が迷っているのが伝わったのか、恐る恐るといったように恵ちゃんがもう一度聞く。
『んー、どこでするの?図書館とか?でも恵ちゃんは
とりあえず恵ちゃんの勉強会計画を聞いて、考える時間を稼ぐ。
『図書館は朝一番に場所取りにいかないと多分席ないと思う。だから間を取って
市民中心か、遠くはないかな。
『もしくは私が
『え!いやいや、いいよいいよ!』
恵ちゃんは本当に私と出かけたいらしい。
でも……、
(遊びに行くのは良いけど、絶対私に教えること)
と言った先生の言葉が思い出される。
『うん……、ちょっと待ってね。考えさせて……』
『あ、ご、ごめんね、いきなりこんなこと聞いちゃって……。なんか約束があったり、外出たくないとかなら無理しなくていいから』
『ううん、そんなことないよ!誘ってくれて嬉しいよ。用事も特にないけど……』
前の私ならきっと迷わずオッケーしただろう。
でも今の私には玖嘉先生がいる。恋人がいる。
当然、前のようにはいかない。
『でも私お母さんに聞いてみないと。この間遊びすぎって小言言われちゃって…。だから少し聞いてみるね…』
あぁ、恵ちゃんにこんな嘘をつくことになるとは……。ごめんね、恵ちゃん。
『あ、そうなんだね!分かった!』
『ごめんね!オッケーもらえたら、明日午後に福田に行って勉強会しよう』
『うん、いいよ!じゃあ友理ちゃんからのメッセージ待ってるね。おやすみ~!』
『おやすみ』
恵ちゃんとの電話を切って時間を見る。
九時過ぎ。先生、もう寝てたりしないだろうか……。
それともまだ仕事してたり?今電話したら迷惑じゃないかな……?
先にチャット上で聞いてみることにしてメッセージを送ると、心配は杞憂だったようで、すぐさま返信が来た。
『今電話していい?』
え?
『大丈夫です』と、メッセージを送って、すぐ先生からの電話が来た。
『もしもし、友理?』
随分と切羽詰まった口調だ。
『はい、友理です。こんばんは先生。…どうしました?』
この電話を取るのは私しかいないなのに、何を確認したのだろう。
『ふぅ~……、今日の会議すっごく長くて…すごく疲れたの。友理の声きいたらなんだかほっとして、つい…』
聞いていると、まるで私が先生の命綱のような気がしてくる。
『私も先生の声が聞けて嬉しいですよ~。なんの会議だったんですか?』
『中間テストのよ…。そう言えば友理は私に何か用があったんじゃないの?』
『あ……、そ、そうなんですけど……』
『ん?』
『その……、私……』
なんだか、駄目って言われるのが怖くて中々欲しいおやつを買ってほしいと言えない子供になった気分だ。
『私…明日多分友達と勉強会に行きます』
心を決めて言い切る。
先生はどんな反応をするだろう……。緊張しすぎて頭が真っ白になる。
『………』
言った瞬間、電話の向こうから音が消えた。
思わず画面を見ると、電話は切れていない。
『……そう。どの友達かしら?この間友理とアニメのイベントに行った人?』
やっと喋った先生の口調はとても複雑そうだ。
『は、はい……。あのネット友達です』
『………』
再び黙り込む先生。
『友理が、私の知らない、他の女と、一緒に…』
ブツブツと何かを呟いたかと思うと、
『だ、駄目……!行っちゃ駄目!!』
突如叫ぶようにして先生はそう言った。
思わず肩がビクッと跳ねる。
『あ……、わ、分かりました』
やっぱり先生は恵ちゃんと出かけることを嫌がった。
『じゃあ、断りますね……』
予想はついたけど、とこっそりため息をつこうした時、
『もうその子と会っちゃ駄目』
まるで氷のように冷たい言葉に思わず息を止めた。
『ず、ずっとって事ですか……?』
私と恵ちゃんは毎年夏休みに、一緒にアニメフェアに行っている。
それを私も恵ちゃんも楽しみにしていた。
この間先輩たちと会わせた時は、今度は先輩たちも一緒にって嬉しそうに笑ってた。
『そう。もう会わないで』
玖嘉先生は念を押すように一言一句はっきりと繰り返した。
まるでそれが当然の要求であるかのように。
当然…、確かに当然だ。先生も間違ったことはしていない……。
先生は私の彼女で恋人。ヤキモチを焼くのは当然だ。
でも、二度と恵ちゃんと会えないかも知れないと考えたら、そんな簡単に受け入れることは出来なかった……。
『で、でも、恵ちゃんとはただの友達で……』
ただの友達なのだ。恵ちゃんに恋愛感情を持ったことはないし、これからも持たない。
先生が心配することはなにもないのだ。
先生の嫉妬は分かる。でもこれは簡単に、いいですよ、なんて言えることじゃない。
だから、なんとか先生を説得しようとした。
『私からしてみれば、あの子は友理のそばにある爆弾みたいなものだわ…。できればもう連絡も取らないで』
『え……』
『友理にとってネット友達は私よりも大事な存在なの?』
『そんなことないです……!』
そんなことない。そんな事を言いたいんじゃない。
心の中に渦巻くもやもやがどうにも言葉にできなくて視界がぼやけてくる。
恋人と友達、絶対にどちらか一つを選ばなきゃいけないの…?
『私は…友理のそばにいたい、一番近くにいたいの……。友理が私の知らない場所で、知らない人の前で笑ってるなんて……嫌なの……』
まるで耳を塞がれたかのように先生の声がくぐもって聞こえる。
『わ……分かりました。もう一度考えてみます……先生おやすみなさい』
こらえきれない感情が溢れてきそうで、早口で
……どうしよう。こんな風に電話を切るなんて初めてだ。
失礼じゃないかな……怒ってないかな……。
でもどうにかしてこの電話から逃げたかったのだ……。
先生は私にとって一等大事な人で、一等好きな人……。
でも恵ちゃんも、一緒にいると好きな趣味の話が出来て楽しい友達。
先生の気持ちは分かる、分かってるけれど……
簡単に恵ちゃんとの縁を切るなんて事はできない。
……きっと私には、恋愛をする覚悟が足りなかったのかな……。
私が、間違っていた……、のかな……
ベッドに力なく倒れ込む。
何かに急かされるように、スマホで恵ちゃんに断りのメッセージを送った。
そしてスマホ画面を下に向けて隠すと、私は枕に頭を突っ込んだ。
もう何も見たくなかった。先生からのメッセージも、恵ちゃんからの返信も。
ただ何も考えないように、硬く身体をベッドに押し付けたまま微動だにしなかった…。
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