第四夜 浴衣と金魚とリンゴ飴(前篇)

第12話

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第四夜 浴衣と金魚とリンゴ飴(前篇)

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ジウジウと鶏肉が焼ける音とともに、旨そうな香りが漂ってきた。夏の静かな夜の片隅に、チリンチリンと風鈴が軽やかに鳴る。

隣の席に座る滑井が、つくねの串に齧り付きながら言った。

「しかし、やはりこの屋台は絶品ですな」

私は彼にちらりと視線を向けると、小さく頷いた。


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我々のよく行く散歩道には、幾つかの決まったパターンがある。そしてそのうち一つに、近所の住宅街の裏道を回るコースがあるのだが、その最終目的地は周辺民に緑地として利用されている小山であった。ぐるりとスロープを上った先の、高台となっている頂上には小さな広場があり、夜にそこを訪れると静かな雰囲気に何とも心安らぐのである。

時に、その広場の片隅にて無人の焼き鳥屋台が佇んでいることがあった。

屋号を『人魂串』という。


「鶏皮を一本」私は、無人屋台の奥に声を掛けた。

すぐさま、調理台の上を一本の串が飛んできて、これまたシュルシュルと鶏皮が串に貫かれる。そのまま串はピョンと金網の上に着地し、ジウジウと焼かれていった。頃合いを見計らって、串が勝手にクルクルと回る。

我々の前に、透明人間がいる訳ではない。これは単に『屋台』が調理をしているだけなのだ。端に吊るされた赤提灯の明かりが、その光景をなんとも幻想的に浮かび上がらせていた。

左を見ると、猫さまが焼いたシシャモを齧っている。私は小さく微笑む。そして私は右を向き……、大きく溜息を吐いた。

「好き嫌いせずに食え、滑井」

「嫌です」

滑井の手元にある皿には、焼き鳥の串から外されたネギがうず高く積まれていた。さらに奴はアスパラ巻きを頼むと、ベーコンだけを剥がして喰っていたのである。

「そんな事していると、屋台から呪われるぞ」

「そんなの平気です」

私はまたも息を吐くと、自分の皿に飛び込んできた鶏皮にかじりついた。

出来立てで熱々のそれは、頬が融解するくらい旨かった。



一陣の風が屋台の奥から吹き付け、それに乗って小さな白い紙切れが飛んできた。その紙切れは完璧なタイミングで我々二人の間、染みだらけのテーブル上に着地する。

『もうすぐ、夏祭りの季節ですね』

達筆な文字で、そう書いてあった。

「えぇ」私は声に出して答える。「生憎、我々妖怪には縁のない行事ですがね」

屋台は時に、こうした紙切れを寄越して我々とコミュニケーションをとる。一体どういう原理なのかは分からないが、知る必要もないことだ。

チリンチリンと風鈴が鳴り、別の紙が飛んできた。

『そうでも無さそうですよ。羽目を外しすぎずに、妖怪だってことをしっかり隠しさえすれば、アレはアレで楽しいものです』

「と言うと?」

チリン。

『先日とある妖怪の女の子が来店した際、近所の夏祭りに行きたいと仰ってました』

「へぇ……?」

滑井が、ムックリと頭を上げた。

「面白そうじゃありませんか、一目氏? どうです、ちょっと我々も遠征してみません?」

私はむしろ思った。

また遠出するのかよ。



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