第8話 協力関係の成立
「ただし条件がある」
続いた言葉に、私はほっとする。
無償の親切ほど怖いものは無い。なんの見返りもなかったら、こっちから止めていた。
「どんな条件?」
どんな条件でも受け入れるつもりだった。私に残された道は、彼しかいないのだ。
「ふりもするけど、実際に恋愛もしてみないか?」
「じ、実際に?」
もっと違う要求をされると思っていた。その意味を噛み砕いて理解し、私は顔に熱が集まる。
実際に恋愛をするというのは、つまりはそういう意味だ。
「れ、恋愛をする」
どうしてと疑問は湧いた。私と恋愛するのは、片岡君的にはいいのかとも。裏の意味を探ろうともしたけど、嫌な感じは全くしなかった。彼の雰囲気が、そう思わせるのだろうか。
「嫌なら無理にとは言わない。俺のことを好きにはなれないよな」
傷つけた。私がすぐに答えを返さなかったせいだ。罪悪感が湧いて、反射的に叫ぶ。
「ぜ、ぜひ恋愛もしましょう!」
何故か敬語になった。どれだけ必死だったんだ。彼もそう思ったのか、口元に手を当てて震えている。
「わ、笑わないでよ」
「悪い。まさか、そんなに勢いよく受け入れてくれると思わなくて」
一人でいるのが好きな、冷たい人だというイメージが、この数分で塗り替えられている。笑いを我慢している姿は、近寄りがたさなんて全くなかった。
新たな一面に、偶然でも彼を選んで良かった。そう思う。
「これからよろしくな。あーっと、陽那って呼んでもいいのか?」
「う、うん。えっと陽祐……君?」
「まあ、今のところはそれでいいか。ゆっくり進めていこう」
本気で恋愛をする気なんだ。御手洗君との件も解決していないのに、勢いで受け入れて良かったんだろうか。よく考えるべきだったんじゃないか。彼がどうしてこんな条件を出したのかも、私は知らないのに。
今さら後悔しそうになる考えを隅に追いやって、私は彼に手を差し伸べた。
「こちらこそよろしく」
御手洗君との結婚を阻止するためには、彼の協力が必要不可欠なのだ。それに、前の結婚が最悪だったからといって、恋をするのを諦めたくない。
こんな始まり方かもしれないけど、彼と恋愛をしてみたい。絶対に結婚しなきゃいけないとは決められていない。誰を選ぶかは、私の自由だ。
「ああ」
今度は、差し出した手が握られた。私よりも大きな手に包み込まれて、男の人なんだと気付かされる。御手洗君とは、こんなふうに手を握ったことなんてあっただろうか。私の記憶の限りでは、一度もなかった。
夫婦だったのに、そんなのありえない話だ。本当に形だけだったのだと、自嘲気味に笑う。
「どうした? 顔色が悪い」
「あ、えと。大丈夫」
昔を思い出して、嫌な気分になった。それを目ざとく気づかれ、心配をされた。やっぱり、思っていた性格よりも優しい。
どうして、いつもはあんなに人を寄せつけないのか聞きたかった。でも、何か私と同じような人に言えない理由があるのかもしれない。そう思ったら、無理には聞けなかった。
いつか、話してくれる日がくるはず。
♢♢♢
私と片岡君が付き合うことになったのは、次の日学校中に知れ渡っていた。噂好きの誰かが、スピーカーのように誰彼構わずに話したらしい。
いつもだったら嫌なことだけど、今回に関してはいい仕事をしてくれたと褒めたい。広まれば広まるほど、私にとってはプラスになる。
「ねえ、どういうことなの!」
昨日私が教室で大告白をしたのを、先に帰っていたせいで知らなかった美咲がまっさきに私の元に来る。きっと、今日誰かに聞いて、真相を確かめに来た。
驚いている様子から、全く信じていないのが伝わってきた。まあ、片岡君との接点がないのに、告白されたと聞かされたら私だって信じられない。
「昨日、陽那が告白したって聞いたけど。冗談だよね?」
やっぱり信じていない。最初から嘘だと決めつけている。
告白を見ていなかった他のクラスメイトもそうなのか、聞き耳を立てている。隠しているもたいでも分かりやすかった。
注目が集まれば、それだけ事実だと知る人が増える。私は焦らすように間を置いて、そして頬に手を当てた。
「も、もう知ってるの」
「え。それじゃあ……」
「うん、本当だよ。こんなに早く知られるなんて、思ってもなかった」
赤くなった顔を隠していると思われるように、手を当てたまま少しだけ下を向く。私の演技も中々上手くいったらしく、美咲が絶句している。
「でも、陽那って……関わりなんかなかったよね?」
「実は、美咲には内緒にしてたけど、学校以外で仲良くしていたんだ」
「そうだったの? 全然知らなかった」
実際には無い話だから、当たり前だった。でも私は笑ってごまかす。
「それで、昨日ちょっと色々あったから、あんなふうに突然告白したの。相談しなくてごめんね」
「私はいいけど、本当に好きなの? え、それで、結局付き合うの?」
興味津々とばかりに、身を乗り出し美咲の勢いに押されて、私はそんなに知りたいのかと戸惑う。
「えっと」
「当然だろ」
私が答える前に、後ろから声が聞こえる。それは、まだ来ていないと思っていた陽祐君の声だった。
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