第7話 とんだ告白劇





「……は?」


 静まった教室に、恐ろしいぐらい低い声が響いた。まあ、予想の範囲内だ。

 私は怯むことなく、彼に差し出す手を下ろさなかった。むしろ一歩近づく。


「断る断らないの前に、少し私の話を聞いてほしいの」


 耳元で早口に言うと、困惑している腕を掴んだ。


「ここじゃなんだから、ちょっと落ち着ける場所に行こう」


「お、おいっ」


 有無を言わさずに、私は掴んだ腕を引っ張った。嫌なら振り払うだろうと思ったけど、意外にもそんなことはされなかった。大人しくついてきてくれて、私の方が逆に驚いてしまったぐらいだ。

 このまま教室に残されて、野次馬根性丸出しのクラスメイトに取り囲まれるよりは、一緒について行った方がいいと思ったのか。こんな状況を作り出した張本人だけど、私に着いてくるのが賢い選択だ。


 腕を引きながら、片岡君の様子を窺う。

 もっと文句を言ったり、怒ったりするかと覚悟していた。そのどちらでもなさそうだ。どちらかというと困惑している。


 申し訳ない。内心では、もう何度も謝っていた。今は、それを表に出せないけど。

 誰もいないところでじゃないと、意味が無くなる。もう少しだけ我慢してもらおう。


 どんどん人のいない所へと進んでいき、辿り着いたのは裏庭だった。たまに不良が集まっているけど、運がいいことに誰もいない。

 私は掴んでいた腕をようやく離し、もう一度誰もいないのを確認する。


 確認が終わると、まずは彼に向かって頭を下げた。


「ごめんなさい!!」


 腰を直角に折り曲げて、大きな声で謝る。予想外の行動だったのか、慌てているのが頭を下げた状態でも伝わってきた。


「えっと、とりあえず頭を上げろ。どういうことなんだ?」


 完全に困っている。

 私が何を考えているのか、どういうことなのか、全く予想外つかないのだろう。

 巻き込んでしまったからには、ちゃんと説明をしなきゃ。私にはその義務がある。


「実は……」


 そこから私は、片岡君にどうしてこうなったのか説明を始めた。もちろん過去から戻ってきたのは抜きにして。そんなことを言ったら、頭がおかしい人認定をされる。もう手遅れかもしれないけど。


 AI相性診断で、御手洗君と100パーセントの結果が出たこと。私は彼と絶対に結婚したくないこと。でも、それは今の段階じゃ絶対に許してもらえないこと。そこで、片岡君に白羽の矢が立ったこと。


 相手からの反応がなかったから、私の独り言みたいで話がしづらかった。でも聞いていないわけではないので、話を続けていく。


「……というわけで、協力してもらいたくて……でも、ごめんなさい。迷惑だったよね」


 話しているうちに、とんでもないことをやらかした自覚が出てきた。何を血迷ったら、あんな公衆の面前で告白をしようとなるのか。自分のことながら信じられない。

 向こうからすれば、突然なんの関係もない人間に告白されたかと思えば、ある人と結婚したくないから協力してもらいたいと言われる。なんて、はた迷惑な話だろう。


「そうだな。迷惑だ」


「あ、はは。そうだよね。本当にごめん」


 できることなら、10分ほど前に時間を戻したい。強く願うが、戻りそうな気配はみじんもなかった。


「こうなったら、ドッキリだったと説明すれば」


「信じなさそうだな。それに、噂はこうしている間にも広まっている」


「……だよね。本当にごめん」


 取り返しがつかない。冷静な返しに、私の頭はどんどん下がっていく。このまま地面にめり込みそうだ。その方が、片岡君にとってはいいか。


「……なんで、そんなに結婚したくないんだ?」


「え?」


「相性100パーセントは、女子にとっては憧れのことだろ。それなのに、なんで嫌がってるんだよ。御手洗になにかされたのか?」


 されたと言えばされた。でもそれは、今の話じゃない。どう説明したらいいか。返しに困っていると、息を吐く音が聞こえてきた。大きな音だったから、思わず肩を揺らしてしまう。


「俺を選んだ理由は?」


 偶然と答えても、気を悪くしないかな。心配しながらも、他に理由が思いつくわけもなく正直に答える。


「……希望調査の時、美咲に話しかけていたでしょ。だから」


「たまたまだったわけか。ついてない」


「……ごめんなさい」


「いい。謝るな」


 謝るなと言われたけど、何度でも謝らないと気が済まない。身勝手な理由で巻き込み、後々のことをきちんと考えていなかった。

 殴られても文句を言えない。片岡君は口を閉ざす。沈黙が痛くて、私は頭を下げながら待っていた。


「それで」


「は、はい」


「俺はどうすればいいんだ」


 その言葉に、すぐ反応が出来なかった。どうすればいいとは、どういうことだろう。

 分からなくて、そのままの体勢でいたら腕を掴まれる。


「だから、顔を上げろって」


 視線が合った。前髪に隠された顔が、距離が近いせいで見える。確かに格好いい。

 でも、そんなことを気にしている場合じゃなかった。


「え、と。どういうこと?」


「協力するってこと。結婚を前提にお付き合い、するんだろう?」


 言ったのは私からだったのに、何を言っているのかと心配になってしまった。




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