第6話 帰還

 救援に駆け付けたとはいえ、リファールが跨るケルピーとオークとでは圧倒的な体格差がある。闇雲に突撃を仕掛ければ手痛いカウンターを受けるのは必定。だからリファールはその場で留まって隙を探す。


 焦れて動いたのはオークの側だった。雄たけびを上げ、両腕を上げながら男へ突進する。背を向けて逃げ出そうとする男。明確に出来た隙を見逃さず、リファールはオークの横っ腹目掛けて突撃をかける。


「はあッ!」


 ケルピーの全速力も乗せた渾身の斬撃は、オークのでっぷりと太った脇腹を引き裂く。だがそれでオークが行動を阻止する事は出来なかった。オークの優れた点は外見に見合ったタフネスだ。傷の一つ程度でこの魔物の暴威を止めることは叶わない。


「駄目だ、この剣じゃ通じない……!」


 それでも一度関わった以上戦わねばならない。リファールはもう一度突撃をかけようとオークへと視線を向ける。オークは変わらず男を追い、男はリファールが来た通路へと逃げ込もうとしていた。


「しまった、アリシア!」


 徒歩のため遅れて到着したアリシアは、唐突に逃げてくる男とオークと相対する。悲鳴を上げながら脇を過ぎ去っていく男を横目に、アリシアはオークと正面から向かい合う。アリシアの『魔物使役』のレベルではまだオークを使役することは出来ないが、彼女には勝算があった。


 オークは咆哮し、アリシアへと豪腕を振り下ろす。受ければ人体などあっさりと圧し潰せる一撃だが、動きは直線的だ。アリシアはそれを紙一重で躱すと、ポーチから取り出した毒瓶をオークの口へと投げつける。小瓶を口に含んだオークは怪訝に眉をひそめ、バリ、バリと音を鳴らして口に入った異物を嚙み砕き――声も漏らさずに倒れる。倒れ伏したオークの表情は眠るように安らかであった。




◇◆◇◇◇◇




「いや助かった、ホントにありがとう……!」


 リファールたちに救われた冒険者の男――冒険者ギルド"群狼の爪牙"所属のレークは自己紹介をして、頭を深々と下げる。


「困ったときはお互い様ですよ」

「……もし謝意があるのでしたら、入り口までの護衛と私の使用したアイテムの代金を頼めますか」

「ま、待ってくれ! 金は……金は無いんだ! 金が無いから第二階層まで行っちまって……!」


 金の話になると途端に慌てふためきだしたレークの姿を見て、アリシアが嘆息を零す。期待していた訳ではないものの、この手の交渉は引いた方が負けだ。隣の少年が役に立たないため、いっそう自分が気張らねばと奮起する。


「それなりに高価なものなので、弁償していただかないと割に合わないのですが」

「いやいやいや、確かに助かったのは事実だけど! でも無いもんは無くって、依頼も失敗だしで」


 下手に出てなんとか譲歩を引き出そうとするレーク。これでも逆上して怒鳴ったりしないだけまだマシだが。アリシアも表情には出さないながらにボルテージが上がってきた所で、それまで静観していたリファールが口を開く。


「これ以上問答してもしょうがないんじゃないかな」

「ここで引くと丸損だけど」

「なにもこの人から直接貰わなくてもいいんじゃない? 任せて」


 そう言って、今度はリファールが提案をする。


「俺たち『朱鷺の止まり木』っていう、一昨日開業したギルドの冒険者なんです。魔物を生きたまま運搬するのが得意な二人パーティなので、もしそういう需要がある依頼主さんがいたらぜひうちのギルドを紹介してほしいです。住所は帰りながら教えます」

「わ、わかった! 地上に帰ったら絶対に方々駆けずり回って宣伝する、約束しよう」

「……で、いいかな? アリシア」


 リファールの提案は、きちんと宣伝をしてくれるかどうかを隅に置いておけばそこまで悪くない話だった。冒険者稼業を始めたばかりの二人とギルドにとって、名を売る事は大事だ。問題は使用した毒薬の費用を今すぐに回収できないことだが、ここで問答をしていても埒が明かないのもまた違いない。


「まぁ、いいでしょう。ただ入り口までの護衛はこなしてもらいます」


 アリシアの言葉に、レークがほっと胸をなでおろした。




◇◇◇◇◆◇




 想定外の出来事もあったが、リファールたちはダンジョンから無事帰還することが出来た。しかも依頼であるケルピーの捕獲も達成した状態でだ。一行がダンジョンを出た頃には既に日が沈んでいた。ダンジョンがある町の中央は魔石を燃料にした街灯が灯っているもののまばらで、なんならダンジョン内の方が明るいくらいだ。


 そしてダンジョンに入る時に説明が合った通り、生きた魔物を連れた彼らは一旦ダンジョンの出口で待たされることになる。ついでにダンジョンの出口まで護衛をしていたレークだが、彼はパーティのメンバーではないため、リファールたちに礼を済ませたらそそくさと検問所を通過していった。薄情にも感じられるが、そういった割り切りが上手いものほどよく生き残りがちなのが冒険者というものだ。


 しばらくして、用意が終わった番兵たちにケルピーは引き継がれた。『仮使役』をかけられたケルピーは抵抗することもなく番兵たちが用意した檻に収められる。そしてようやくリファールたちは検問所に入ることが出来た。担当の番兵は、昼間に一行の対応をした人だった。


「夜勤ですか? お疲れさまです」

「お、昼間の元気な少年! お前さんもこんな遅くまでご苦労さん。しかしまさか初日にケルピーの捕獲どころかオークの討伐までやっちまうとはな!」

「なんで知ってるんですか?」

「そりゃお前が一緒に連れ帰ってきたおっさんがベラベラと喋ってくれたからな」

「……宣伝効果バッチリ」


 アリシアが皮肉めいたことを零したが、特に触れられることもなく。所定の手続きを終えた番兵は記載の終わった書類をリファールに手渡す。


「……よし! これでケルピーの引き継ぎ完了だ。この書類をギルドマスターに渡せば報酬がもらえる。無くすなよ?」

「ありがとうございます!」


 夜遅くながら元気に礼を言って検問所を通過したリファールだったが、元気が続いたのはそこまでだった。二人はダンジョンに入ってから一度も食事をとっていない。携帯食料なども持っていなかったため、朝食事をとってから何も食べていないのだ。報酬がもらえるのはギルドに帰ってからで、深夜のため酒場すら開いていない有様だった。人通りのない静まり返った道を、二人は横並びで歩いていく。


「あはは、お腹減ったな……」

「どこもお店閉まってるから、明日報酬受け取ってちょっと贅沢しましょう」

「そうだな……」


 報酬という言葉を聞いて、リファールはふと疑問に思っていたことを口に出した。


「ところで毒薬っていくらだったんだ?」

「5000G」

「今は無理だけど、いつか返すよ」

「別にいい。死ぬ理由も特にないし」

「……そっか」


 リファールの口元が緩む。別に自殺を肯定した訳ではない。ただアリシアのお金で買ったものだから返した方がいいというだけの質問だったのだが、彼女の口から出た言葉が彼にとって単純に嬉しかった。


「もう少し楽しいことを考えない? 明日のご飯はお肉か、お魚かとか」

「……余計腹減るからそれはやめよっか」


 リファールは苦笑して返す。帰るべきギルドは町の外れだ。二人の道のりはまだまだこれからだった。


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