第4話 初依頼は飛び級!

 リファールは窓から差す日差しで目を覚ます。寝ぼけ眼を擦りながら窓の方へと視線を向けた。


「おはよう」


 窓際にあった木の椅子に腰かけているアリシアが声をかける。彼女はリファールが起きるずっと前に起床していたため、意識もはっきりとしている。


「……おはよう」

「目覚めは遅い方?」

「そんなつもりはなかったんだけど、自信無くすかも」

「そう」


 アリシアは特に責める様子もなく、あくまでドライな対応だった。


「マスターから言われた。朝食を済ませてカウンターに来てって」

「分かった。すぐ準備する」




 二人は近くの飲食店で朝食を済ませ(当然今回もリファールの奢りだった)、ギルドのカウンター前へやってきた。


「おはよう二人とも」

「おはようございます!」

「おはようございます」


 ロビンは二人の挨拶に頷いて応えると、一枚の依頼書をカウンターに提示した。


「早速だけど一つ依頼を取ってきた。ピッタリの内容だ」

「どんな内容なんですか?」

「ケルピーという魔物の生きたままでの納品だ。査定ではEランクの依頼だね」


 冒険者ギルドにやってくる依頼内容は様々で、依頼それぞれに適切な冒険者を振り分ける必要がある。このダンジョン街ファルベラにおいては、その難易度を基準にA, B, C, D, E, Fの6段階に分けていた。そしてその難易度というのは、"一般的な前衛2、治癒術士1、後衛1の4人パーティ"を基準にしたものになっており、パーティの実力によってギルドマスターの判断でランクが上のものを受けさせたり、下のものを受けさせたりすることも認められている。


「ケルピーというのは、第一階層に生息する鹿型の魔物だ。戦闘力は大したことない……で、ぶっちゃけ生きたまま捕獲するのはそこまで難しくない。罠を仕掛けても良いし、技術は要るが気絶させてもいい。問題はそれを無事にダンジョンの入り口まで運ぶことだ」

「肉食の魔物の大好物とかですか?」

「ご明察。ハウンド、ゴブリンなんかはまだいいんだけど、アイアンウルフまで目の色を変えて襲ってくる。それらの襲撃を、拘束して逃げないようにしたケルピーを庇いながらしなきゃいけない――んだけど、二人はもう気づいてるよね?」


 ロビンの言いたい事は二人に十分伝わっていた。


「私がそのケルピーを使役して、リファールが乗って運べばいいんですね」


 アリシアの言葉をロビンが首肯する。普通の四人パーティであれば、力のある前衛一人をケルピーの護衛兼監視に当てる必要がある。その間他三人は"ご馳走"に引き寄せられる魔物を相手に厳しい戦いを強いられることとなる。一方で『魔物使役』を用いれば監視は必要なく、『騎乗』してケルピーの背に乗れば護衛は不要になる。


「一応、期限としては成功失敗問わず一週間を目途に報告してくれたらいいよ。ひとまずダンジョンに潜ってみて、慣れたらチャレンジしてみてね。それとダンジョン内で戦利品――薬草とか魔物の素材とかが手に入ったら、僕に言ってくれたら換金してくるよ」

「……ところでギルドマスター。報酬は?」

「あぁごめん。言い忘れてたね。仲介料を除いた君たちの取り分は2000G。一人頭1000Gだ」


 一人頭1000Gという額面を聞いた二人の目の色が変わる。今の生活だと、せいぜい20Gもあれば一日過ごすことが出来る。単純計算で50日分の生活費。これが手に入れば、すぐに一人一部屋で泊まれるようになる。当然ながら、ルーキーの報酬としては破格も良いところだ。


「ついでにFランクの依頼でメジャーな薬草採取は報酬200Gが目安だから……10倍だね」

「リファール。行きましょう」

「お、おう……!」

「あぁ待った。行く前にこれを。依頼書とダンジョン通行許可証だよ。これを番兵に見せてね」


 依頼書と共に渡されたのは、止まり木に止まる朱鷺の描かれたペンダント。裏にはそれぞれ名と所属ギルドが記されている。冒険者ギルドの一員である証であり、これを提示する事でダンジョンに入る事が許可される。




◇◆◇◇◇◇




「歩きながら、お互いのスキルと装備について確認しましょうか」


 ダンジョンへと向かう道すがら、アリシアはそんな提案をした。


「私の『魔物使役』だと、2体の魔物を1時間が限界。安定している状態ならかけ直し出来るけど、戦闘中とかは難しい」


 アリシアが語る内容は、いわゆる"スキルブック"というものの内容だ。その名の通り神より授けられるスキルの効果について記載されているもので、授けられたばかりのスキルで何が出来るのか、スキルを研鑽する事でどんなことが可能になっていくかは勿論、そのスキルがどういった職業に適しているかまで記載されている。


「装備はこれといってない。強いて言うなら、これくらい」


 アリシアは自身のポーチを軽く叩いてみせた。言うまでもなく毒薬の小瓶のことである。それをカウントしていいものかとリファールは一瞬考えたが、もしかしたら自分たちの攻撃が通じない魔物相手に用いるかもしれないと思い直す。


「次はあなた」

「『騎乗』がどれくらいなのか、一回も試してないんだよな。スキルブックによると、初期の騎乗スキルでも鐙無しで馬を乗りこなすくらいは出来るらしいけど」

「ケルピーの捕獲に取り掛かる前に、他の魔物でも確認しておきましょう」

「だなぁ……」


 今回の依頼の話はケルピーを『魔物使役』で使役できる。そしてケルピーに『騎乗』スキルで騎乗し、前衛の役割を果たすことが出来ることが前提になっている。初期の『騎乗』スキルでケルピーに騎乗出来ないのであれば、そもそもロビンが話を持ってこないのではないかと考えることもできるが。


「装備はこの剣と、ポーションが3つあるだけかな」


 リファールは腰にショートソードを下げている。名の有る鍛冶師が打った訳でもない、何の変哲もない剣だが、村にいた時代にはこの剣を振るってレオと稽古をした思い出の品でもある。ポーチに入った三本の小瓶は、ポーションという液体が入っている。薬草を薬師が煎じ、魔力を込めた水を加えることで傷を癒す効能を向上させたものである。ちょっとした外傷ならば即治療できる上、質を特別拘らなければ、せいぜい50G程度で手に入るものだ。


「ポーション、ひとつ渡しとくよ」

「ありがとう」


 リファールはポーションを一瓶、アリシアに渡す。不測の事態に備えて、治癒用のアイテムはなるべくバラけて持っていた方がよいという判断だ。


「……それとお金はあんまり余裕無いから、消耗品の補充はちょっと難しいかも」

「私のせいでもあるから。早く依頼を達成して報酬を貰いましょう」


 アリシアはあくまでクールにそう対応するのだった。どのみち二人の金銭事情はカツカツなのだ。ロビンは一週間を目安に報告をと言っていたが、二人は悠長に事を構えるつもりはなかった。


「……よし! 初依頼、頑張るぞ!」


 リファールは声を出して気合を入れるのだった。



◇◇◇◇◆◇




 ダンジョン街ファルベラの生い立ちは、ハルスベルク王国とネフェリ帝国の国境線上に発見された一つの大穴から始まった。一ヶ月に一度内部の構造を激変させるその大穴は、多種多様な魔物や資源をほぼ無限に生み出し続ける。両国はその利権を争って幾十年もの間戦い続け、最終的な妥協点として、大穴――ダンジョンの外周に、政治的に不干渉の中立都市を建立することになったのだ。


 リファールたちがダンジョンの入り口に辿り着いた頃には、既に昼飯時を大きく過ぎていた。隆起した土地にぽっかりと空いた穴が、ダンジョンの入り口である。ダンジョンは上から見れば巨大な穴なのだが、皆が皆崖を降りる要領でダンジョンに侵入する訳にもいかない。こういった小規模な入り口が他にも幾つかあるため、冒険者たちはそちらを使うことになっていた。


 ダンジョンの入り口となる丘陵を囲うように柵が立ち並び、その一角が番兵が駐屯する検問所が建っている。検問所の内部は複数の事務カウンターや番兵が駐屯しており、検問所を通ってダンジョンに行く格好になっている。


「おはようございます!」

「おはよう少年、元気で結構!」


 リファールの元気のよい挨拶に番兵が笑顔で応える。そしてその流れのまま依頼書と、通行許可証のペンダントを受け取り検分を始めた。


「あぁ、ウィルさんとこの依頼か」


 依頼書は問題なく通ったものの、枝に止まった朱鷺が描かれた通行許可証を目にした番兵は首を傾げ、隣にいた同僚に声をかける。


「なぁ、『朱鷺の止まり木』って聞いたことある?」

「さぁ……」

「一昨日から開業したギルドで、俺たちは初めての登録冒険者なんです」

「あぁそういうこと」

「……『朱鷺の止まり木』、ギルド名簿にあるの確認したぞ。通ってよし」


 もう一人の番兵が名簿を確認し、通行許可証をリファールたちに返却する。それを受け取りながら、今度はアリシアが質問を投げかけた。


「あの。生きたケルピーの納品の際はそのまま出入り口を通って良いのでしょうか」

「それなら一人はそこの入り口手前でケルピーと待機して、もう片方は先に出てきてくれ。番兵に声かけてくれたら、そのまま引き継いで納品までしといてやるから」

「ありがとうございます。その時はよろしくおねがいします」


 去り際、アリシアは一礼する。何気ない動作であったが、育ちの良さを感じさせる丁寧な所作だった。


「いってきます!」

「おう、いってらっしゃい」


 ダンジョンへと入っていくリファールたちを見送った番兵たちは、他に通る冒険者もいないことから談笑を始める。少年たちの若々しい元気が活気を与えたのか、普段と比較して声色も明るくなる。


「いやぁ、そういえば新人が出てくる時期か。爽やかさは若いうちならではだなぁ」

「……新人ってケルピーの納品とかやるっけ」

「……そういやそうだな?」

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