第2話 捨てる神あれば拾う神あり

 リファールはすぐさま少女に駆け寄ると、瓶を持った方の手を掴んで引き上げる。少女は突然のことに驚き、じたばたと掴まれた腕を振りながら暴れた。


「離して! これ以上したら憲兵呼ぶから!」

「目の前で死のうって奴ほっとけるか! 毒だろそれ!」


 指摘されると少女は暴れるのを止めるが、今度はリファールのことをじっと睨みつけ始める。リファールの言葉が図星だったことを暗に示していた。しばらくの睨みあいを経て、少女からようやく発された言葉。


「……スキル、外れだったの。よくある話でしょ……」


 その声色は先ほどまでの威勢の良さなどどこへやらといった弱々しさで、泣きついているようですらあった。そもそもつい先ほどまで、精神的に限界まで追い詰められていたのだから無理もない。むしろようやく表層化したといってもいいくらいだ。


 彼女の――ついさっきまで赤の他人だった少女の姿を見て、少女の声を聞いて。少年は先ほどまで悩んでいたある事柄について、一つの決心を固めた。


 ――この夢だけは、絶対に手放さないと。


「お願い。ほっといてよ……」

「おんなじだ。俺もついさっき、スキルのせいで幼馴染と別れた」

「……!」

「でも夢は諦めない。例え向いてなくたって、時間かかったって。やり方探して、何とかしてみせる」


 リファールの決意の滲んだ眼差し。しかし少女の折れた心が、それだけでどうにかできる訳ではない。


「バカみたい……スキル無しで叶う訳ないのに、なんで頑張るの?」

「やりたいからだ。やりたいから頑張ろうって思うし、一番にはなれなくても頑張ったっていいと思う」


 リファールの中に、悔しいとか、無駄にしたくないとか、そういった負の感情が全くない訳ではなかった。それでも彼の言葉は心の底から出たものだ。若さからくる情熱。そして進む先を信じる力が籠った強い言葉だった。


 そんな彼の熱が、僅かにでも伝わったのか。少女の腕にこもった力が緩む。


「……手、離して。今ここで死ぬ気は無いから」


 その声も少しばかり落ち着きを取り戻したものだった。リファールが手を離すと、少女は毒の入った瓶をポーチに仕舞った。


「思い直してくれた?」

「……一旦保留」


 それから少しの間沈黙を挟んで、先に口を開いたのは少女の方だった。


「場所、移さない?」




◇◆◇◇◇◇




 裏路地を出て、近くの飲食店に入った二人は互いに簡単に自己紹介をすませる。


 少女はアリシアと名乗った。この町を西に一週間ほど進んだ先にある王都ロマノフの出身で、両親の都合でこのファルベラの町を訪ねたタイミングで成人。スキルの授与を受けたものの、それが望まないスキルであったことから両親から棄てられたという。


 リファールは彼女の佇まいや振る舞いから、やんごとなき家柄の出だということは薄々察していた。そしてアリシアの口から語られたことから、その予感はほぼ確信に変わっていた。貴族の家ではごく稀に、スキルの出来不出来を理由に子を棄てることがあることは世間的に周知された事実だった。


「それで最後の有り金を使って……毒薬を買った」

「……あぁそういうことか。今日の飯代はいいよ。俺が止めたんだし」

「冒険者としての報酬が入ったら返す。借りは作りたくない」


 その後、今度はリファールがこれまでの生い立ちや自身が授けられたスキルについて話した。


「――騎乗スキル、ね。確かにダンジョンじゃ使えなさそう」

「アリシアのスキルって何なんだ?」

「『魔物使役』……スキルを磨いていけばより高位な魔物も使役できるけど、今は低レベルの魔物を一時的に使役するのが限界」


 『魔物使役』というスキルもまたこの世界では汎用的なスキルだが、『騎乗』に比べると若干珍しいくらいの立ち位置だ。そしてスキルの特性上魔物がいる戦場でのみ輝き、どうしても低習熟度の時期はお荷物になってしまう。外れ度としては『騎乗』よりも一段上といってもいい。


「まぁそもそも、このスキルを磨いたところで私の目的は達成できないんだけど」

「アリシアの目的って?」

「……」

「あ、ごめん。話したくないなら全然いいから」


 そこで一度会話が途切れ、運ばれてきた食事を食べ始める。金銭的な余裕はないため黒パンと、芋と豆のスープだ。特別質がいい訳ではないが、リファールにはどこか慣れ親しんだ味わいでもある。アリシアは少し食べづらそうにしているものの、好き嫌いをするようなことはなかった。


「……あのさ、アリシア」

「言いたいことは分かる。組まない?ってことでしょ」

「なら話が早い。俺と一緒に冒険者になってくれないか」


 リファールの頭の中では既に、魔物を使役してもらい、それに自分が乗ることで戦闘を行うという構想が浮かんでいた。自身のスキルの欠点とされている部分を理解していれば、その発想に至るのは普通のことだ。後はアリシアが受け入れてくれるかだったが――


「……どうせ私も今日から根無し草だし、分かった。協力してあげる」


 少し考えてからのアリシアの返答に、リファールは小さくガッツポーズを作るのだった。



◇◇◇◇◆◇




 ドーガは困惑した。ついさっきギルド登録を断ったはずの少年が、今度は別の女の子を連れて門戸を叩いたのだから。幸いにも彼の幼馴染たちはこの場にいなかったものの、もしいたらあんな別れ方をしてどんな顔で会うつもりだったのだろう……そう思いながらも少年たちの話を聞くくらいはする辺り、外見によらない根っこの人の良さが出ていた。


「いや、でもだな……」


 リファールと彼が連れてきた少女のスキル、その連携についての説明を聞いてなお、ドーガは難色を示した。


「彼女が魔物を使役して、俺が騎乗する。ドーガさん。これじゃダメですか」

「……パーティとして弱い。さながら長所のように語るが、それはつまり騎乗出来てかつ使役できる魔物を見つけて、ようやく比較的強力な前衛を一人用意したようなものだ。そして魔物を使役中の彼女は大した戦闘力を持たない。一般的な冒険者パーティとして比較して、不安定そのものだ」


 ダンジョンという危険な領域に踏み込むには、なるべく手札は多い方がいい。ならば人数を更に増やせば――とはいかないのが冒険者稼業というもの。闇雲にパーティの人数を増やせば、報酬の山分けに耐えられなくなってしまう。特に報酬の額が少なくなりがちなルーキー世代はその傾向が強い。


「ともかく。何の実績もない騎乗スキル持ちなんぞ、何言われようとうちでは雇えん」


 これ以上淡い期待を持たせるわけにはいかないと、ドーガは敢えて強い言葉を使って拒絶する。それでもリファールの眼差しに宿る熱さは消える気配もなく、むしろ燃え盛らんばかりといった具合だった。


 ……彼をこのまま拒否しても、別の冒険者ギルドでデビューしようとするかもしれない。そのギルドが人命なんぞ歯牙にもかけないような悪党で、彼はあっという間に命を落とすかもしれない。冒険者以外なら別段不自由しないスキルを持っている彼がだ。ならばいっそ自分で面倒を見た方がよいのではないか……。


 悩むドーガに助け舟を出すような、正にちょうどいいタイミングだった。


「――面白そうな話をしていますね」


 現れたのはドーガとは対照的な、中肉中背の若い男だった。ぼさっとした赤毛の男は、微笑を浮かべながら話の輪に入ってくる。


「あなたは……?」

「はじめまして。僕はロビン。冒険者ギルド『朱鷺の止まり木』のギルドマスターだ」


 ロビンと名乗った男の背をドーガが叩いた。スパンと好い音がギルドに響く。


「カッコつけやがって。つい昨日までうちの冒険者だったのによ」

「ははっ、一度やってみたかったんですよ。ギルドマスター名乗り」

「まったく……」


 ドーガはからからと笑うロビンに呆れつつも、突然のことに呆然としているリファールたちに事の事情を説明する。


「リファール。コイツが前言った、"実質スキル無し"の一人だ。これでもそこそこの冒険者だったが、どうも経営がやりたくなったらしい。つい昨日から店舗構えて冒険者ギルドを始めた奴だ」

「昨日の開業だからまだ冒険者すら一人もいないんだよね……という訳でマスター。誰か譲ってくれませんか、昔のよしみで」


 ロビンは口でこそそう言ったが、その視線は二人の少年少女に向けられていた。捉えて離さないような不思議な眼差しを向けられ、僅かにたじろぐリファール。これが熟練冒険者に出る"凄み"なのかと、勝手に思うのだった。


「……だそうだ。一見胡散臭いところもあるが、根は悪い男じゃない。お前さんらがよかったら、コイツのギルドに所属してやってくれるか」


 突然のこととはいえ、"駿馬の嘶き"に入れないのならば、次のギルドを探さなければならなかった彼らにとって渡りに船。マスターの知己で人柄もある程度保証されているとあれば、乗らない理由がなかった。


「やります! やらせてください!」


 若者らしい元気な声に、ロビンはにこやかな笑みを浮かべながら頷くのだった。

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