騎乗スキルでもダンジョンに潜りたい!

鳩の這う町

第1話 騎乗スキルでもダンジョンに潜りたい!

『大人になったら良いスキルを授けて貰って、皆でダンジョンで一山当てような!』


 ダンジョン街ファルベラにある厳かな神殿の中心で、少年リファールは目を閉じ傅きながら、子供の頃に幼馴染たちと交わした会話をふと回想していた。


「――神の御子たるリファールに邪を滅し、悪を払いし御力を授けたまえ」


 敬虔な信仰心を詠唱する司祭の傍ら、リファールは少し異なる祈りを捧げていた。


(神様、どうか、どうかダンジョン攻略に役立つスキルを――)


 この世界では18歳になったその時に、神から"スキル"という特別な力を授かる。それはスキルごとに定められた"特定分野に対する才能"を飛躍的に向上させるのだ。例えば"剣術"のスキルであれば、そのスキルを持たないものが一生をかけて積み上げるような剣技でも瞬く間の内に習得してしまえるといった具合に。しかし授けられるスキルは、あくまで授かるその時までどんなスキルかは分からないのだ。


 リファールが祈っているのは、彼が幼馴染たちと約束した"ダンジョンを攻略する"ために必要なスキル。武術系のスキルでも、治癒の魔術や炎の魔術など魔術系のスキルでもいい。最悪直接戦闘に役に立たずとも、隠密や索敵のような、斥候として役に立てるスキルでもいいとすら思っていた。


「目を開きなさい」


 司祭に促され、リファールは目を開き顔を上げる。


「――君は『騎乗』スキルを授かりました。誇りなさい、素晴らしいスキルですよ」


 にこやかに微笑みかける司祭に、少年は引きつった笑みを浮かべるのであった。




◇◆◇◇◇◇



 騎乗スキル。訓練された獣や乗り物などの操縦や操縦中の技能を大幅に向上させるスキルだ。この世界ではありふれた汎用スキルのひとつであり、隠された追加効果なども存在しない。かといって無能スキルなどでは断じてなく、馬上での正確な行動や人馬一体と化した衝力は単純な前衛スキルでは手に入らないオンリーワンの強力さであり、果てや魔獣や飛竜などの魔物に騎乗する英雄たちも保有していたスキルであり、スキルとしては上位に位置すると言っていい――


 はずなのだが、ことリファールの夢を叶えられるスキルかといえば、そうではなかった。


「……うーむ」


 悩まし気な唸り声をあげる厳つい毛むくじゃらの中年男は、冒険者ギルド『駿馬の嘶き』ギルドマスター、ドーガである。彼は面接にやってきた、四人の新顔をそれぞれ見ながら、また唸るのであった。


「……他三人はまぁ良いとして、騎乗スキルか……」

「リファールは良い奴です、スキルが役に立たなくたって絶対役に立ってくれますよ!」


 リファールの隣にいた、赤髪の少年が食いついた。彼はレオという。リファールの幼馴染であり、前衛系としては王道のスキルである『剣術』のスキルを授かっていた。


「リファールって言うんだな。騎乗スキルについては知ってるな?」

「……ダンジョンは道が狭くなっている箇所もあり、馬を引き連れてはいけない。よって現地の魔物を乗りこなすしかないが、敵対的な魔物に騎乗する事は出来ない」

「そうだ。つまりお前のスキルは、ダンジョンの中では役立たずなんだ」


 ドーガの言葉は辛辣だが、それはあくまでダンジョン攻略に夢を見る無謀な若人を諭すために発せられている。優しさからくる、"諦めるべき"という助言だ。


「でもこれまでだって、俺とリファールで剣の腕の差なんてなかった! そんな絶望的な差は――」

「レオっていったな。ちょっと待ってろ」


 ドーガは後ろの部屋に引っ込んですぐに戻ってくるとレオとリファールに対し、片手剣を手渡す。


「二、三度打ち合ってみろ」


 二人は困惑して顔を見合わすが、採用試験も兼ねているような場面でいつまでも手をこまねいている訳にもいかずに剣を振るいあう。


 ――スキルを授かる前は、二人に差はほとんどなかった。お互いに片手剣を武器に切磋琢磨し、ある時はレオが勝ち、ある時はリファールが勝った。四人の幼馴染の中で、二人の男は幼馴染でありライバルでもあるといった関係性だった。


 しかしスキルは残酷だった。たった数時間前に授けられたそれは、二人の実力を決定的に突き放していた。


「こういうことだ」


 ドーガがそう言う頃には、リファールは剣を手放し地に伏せていた。前もって刃を潰していなければ、下手をすれば命の危機すらあったかもしれない。それほどの完敗だった。


「無スキルの冒険者もいないことはないが、立ち位置はかなり厳しい。弛まぬ努力を重ね、あらゆるジャンルで活躍出来る何でも屋になって初めて、一つのスキルをそれなりに鍛えた普通の冒険者と同列扱いになる……スキルというのは、そういうものだ」


 リファールの、剣を手放した手に自然と力がこもる。


「しかしだなリファール。なにも、冒険者になってダンジョンに行く必要なんてない。騎士団は家柄を重視するから難しいかもしれないが、民間の騎兵団ならば雇い口もあるだろう。一攫千金はないが、食いっぱぐれることもない」


 ドーガは慰めるようにそう言う。そして実際に、第三者が勧める分には正しい助言だ。リファールという個人が、いかにダンジョンというものに執着してきたかを知らない人間が言う分には。


 リファールは立ち上がると背を向けて、無言で部屋から立ち去ろうとする。


「リファール……」


 レオがその背中を見守る中、一人飛び出した少女がいた。


「……リファール君、待って!」


 青い髪をひらりと舞わせ、立ち去ろうとするリファールの手の裾をとっさに掴んだ。クロエという少女で、彼の幼馴染の一人である。


「私嫌だよ! みんなでやろうって言ったのに、こんなのって!」


 目の淵に涙を湛えながら必死に叫ぶクロエ。しかしそんな彼女を強引にリファールから引きはがすのは、もう一人の幼馴染であるニーナだった。


「クロエ、駄目だよ」

「ニーナだって言ってたじゃん! みんなでダンジョンに行こうって――」

「……仕方ないじゃん。今ここでダダをこねても、不正解なんだから」


 不正解。言葉にこそしなかったが、リファールの心の内に重くのしかかる表現だった。このまま夢を追うことは、これからも皆と一緒にいることは不正解。夢を諦めること、皆と別れることが正解。理屈では確かにそうだが、割り切れる話では到底なかった。


 逡巡の末、リファールは絞り出すように息を吐いた。


「クロエ」

「……リファール君……」

「大丈夫。今はここでお別れになっちゃうけど、俺は俺なりに頑張ってみるから、皆……お元気で」


 そう言い残し、リファールは駆け出す。一瞬でも長くこの場にいたくないと言わんばかりに。逃げ出すように扉をくぐる。


「リファール君! リファール君ッ!!」


 泣き叫ぶ幼馴染の悲鳴を背中に浴びながら、リファールは"駿馬の嘶き"を後にした。


 リファールという少年はこの日、スキルを得、夢と幼馴染たちを失ったのだった。



◇◇◇◇◆◇



「……ひとりになっちゃったな」


 一人町を歩くリファールは呆然と呟いた。いつも一緒にいた三人の幼馴染と袂を分かち、ファルベラの中央通りを行き交う人の波に埋まりながら、彼はこれまでの事を思い出していた。


 リファール、レオ、クロエ、ニーナはいずれもファルベラの近郊にある村の出身だった。けっして裕福な暮らしは出来なかったが、それなりに幸福な時間が流れていたのは事実だ。それでもダンジョンという一攫千金の魔力に惹かれてしまったのは、若さ故か。


 最初にそれを言い出したのは誰か、今はもう幼馴染の中でそれを覚えている者はいない。それでも"みんなで冒険者になって、ダンジョンで一攫千金"という夢と、そこを目指した彼らの情熱は本物だった。


 リファールとレオは時折村を訪れる冒険者たちに剣術を教わったり、自分達でも模擬試合などをして日々一生懸命に鍛錬を積んでいた。どんなスキルがあるのか、どんな魔術が冒険者たちに人気なのか、冒険のための装備やアイテムなんかも四人で熱心に調べたりしていた。


 そんなひたむきだった頃の感情を、一つ一つ思い出しては、少年の頬を伝うものがあった。


「諦めたくない、諦めたくないなぁ……」


 これまでの努力が例え何の意味もなさなかったとしても。例え幼馴染たちと合流できなくても。それでもこの夢まで手放してしまったらどうなってしまうのか。天が与えた挫折に怯え、何に情熱を傾けることもできず、"正解"を自分で規定して余生を送るようになるのではという直感があった。


 そんなことを考えている内に、彼は大通りから外れた場所にいた。幸い土地勘がある場所だったので、彼は来た道を引き返そうとして――それを見つけた。


 他に誰もいない裏路地に、一人少女が佇んでいる。ちょうどリファールと同い年くらいで、肩まである黒髪と、小綺麗な恰好をした少女だ。手に持った小瓶にはいかにも劇薬ですと言わんばかりの毒々しい緑色の薬品が詰められている。そしてそれを持つ少女は、ちょうど先ほどまでリファールが浮かべていたものと"同種"の表情を浮かべている。


 リファールはその情景から、彼女が行おうとしている"ある事"を想起してしまうのだった。


「――ちょっと待ったぁ、君!!!」

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