第25話 涙

「まだまだ足りねえな。――君は生まれてきたときも、息を吐くときも、ここにいるときも、罪という海と溶け合っているんだ」


 僕の母親という人はいったいどんな女だったのだろうか。


 そんなこと、どうだっていい。


 許してくれる、なんて使ったらいけない。


 僕は本当におかしくなってしまったんだ。


 今、ある地獄を見ることしか、僕にはできない。


 僕はガクンガクンと頷いた。


 何だってしてもいいですよ、僕は人殺しだから。


 こんなとこと、魔が過ぎればどうかなる。痛いけど我慢しろ。


 僕は答えを絞り出す。



「ごめんなっさいっ、ごめんなっさっい、ごめんなさいっ……」


 やっと言えた。


 もう苦しまずに済む。


 男がけたたましく喜ぶ。


 これで、罪を償うための赦しのピースが埋まった。


 僕の、モザイク画の罪状に。



「――いい子だ。いい子だ。いいんだよ、それで」


 男は満足げに手を舐め始めた。


 僕の水が壊れていく。


「もっと罪を噛みしめるんだ。愉快、アハハ、愉快、愉快」


 この男もどうかしているに違いない。


 この男もかつての僕と同じかもしれない。


 痛い、痛い。とにかく痛い。


 時間が戻れるのなら、事件を起こす前の僕に知らしめてやりたい。


 それでこう言うんだ。




《――今すぐにでも死になさい、死ななければいけないんだ、君は。どこか誰にも迷惑をかけない静かな場所で死になさい、森の中はダメ、岬の上もダメ、街の中もダメ、人が誰ひとりとしていない、暗闇の中で死になさい》




 身体の軸は壊れまくった。


 もう何もできなかった。


 素直にこの男に身を委ねればいい。


 誰も僕は救えない。



「……君は生まれてきてはいけなかったんだよ」


 その声が耳の奥へと消え去る。


 つい目を閉じた。


 それが僕という存在を表す魔法の言葉だった。


 何度も繰り返された魔法の呪文。


 耳を塞いだ。



「違う。そうじゃない。違う!」


 発作的にやったことだったけれど、いつのまにか、道化にも似た行為をやってしまった。


 なぜ、手が勝手に動いたのか、それさえわからない。


 もう耳を切り裂きたいくらいだった。


 頭がくらくらする。死んだ方がましだ。


 こんなことに耐えて生きるくらいなら。


 ワッと声を押し殺した。


「ここはどこ?」


 

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