秋の夜長の夢 

詩歩子

秋風少年メモリー

第1話 少年詩編


 かつて、僕らは夢を見ていたのだろうか。


 遠い日の夢を。


 あの頃の僕に大人になった僕なら、何を伝えてあげられるだろうか。


 これは僕らの心にある記憶。


 あの頃、僕は何をしていたのだろう。


 あの頃の僕は過去が怖かった。


 何も変わらない日々や千切れたレース、垢のついた青いビー玉、草むらで咲き誇っていた彼岸花、――みんな怖かった、意味もなく。


 そのとき、君は何を思っていたのだろう、時代から取り残された小さな屋敷で君は本ばかり読んでいた。蒼い瞳のまま文字を手で追い、肩を震わせながら。


 たぶん、そのとき、君は誰にも見られていないと思っていただろうけれども、僕はその声をちゃんと聞いていたんだよ。


 僕はまだ幼くて、何をしたらいいか、わからなかった。


 かつての僕も君と同じように大人になるのを拒んでいた。


 今でもあの詩を覚えているだろうか。


 君がよく口ずさんでいた、あの一篇の詩を。




こころをばなにたとへん


こころはあぢさゐの花


ももいろに咲く日あれど


うすむらさきの思い出ばかりせんなくて。




こころはまた夕闇の園生のふきあげ


音なき音のあゆむひびきに


こころはひとつによりて悲しめども


かのしめどもあるかひなしや


ああこのこころをばなにたとへん。




こころは二人の旅びと


さ道連れのたえて物言ふことなかれば


わがこころはいつもかくさびしきなり。




  愛憐詩集より『こころ』 萩原朔太郎


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