東京大空襲<承> 5
家に帰った僕はじっくり考えた。
そして一つの結論に達した。
明日もまた防空壕を抜けてあの場所へ行ってみようと。
僕は見知らぬ河原からいつもの林に戻った時点で、あることを理解した。
その防空壕いやトンネルは、戦災を避けるために掘られた穴などではない。
そのトンネルはもっと別の何かだった。
トンネルの向こう側では気絶した影響なのか頭が少しボーッとしていた。
大人なら白昼夢とでも表現しそうな認知状態の中に居たのだろう。
しかしこちら側に戻ると思考がスッキリしてエッジの立つ感じになった。
そうなるとたちまちトンネルの向こう側が、まるっと理屈に合わない場所であることに思い至った。
防空壕と思って潜り込んだ横穴の入り口は河岸段丘の斜面に設えられていた。
それなのにトンネルの向こう側は平坦な場所だった。
何より知り得る限りのご近所をつらつら思い浮かべてみても、その場所の心当たりがない。
目の前を流れていた川は何という川だろう。
小川より大きくて浅い谷を流れる川なぞにはとんと覚えが無い。
川の頃合いは浅川に近かったが、河原には石どころが砂利さえない。
煉瓦造りの入口は確かに浅川の河岸段丘に作られていた。
けれど出口の外の景色は、浅川と似ても似つかなかった。
何よりかにより、浅川はトンネルの向きとは正反対の方角にあるのだし、距離も一キロ以上離れている。
そのことに不思議と恐怖も薄気味の悪さも感じなかった。
今になって考えて見れば、大人になった自分が少年円の冒険譚を聞かされたなら、突っ込み所満載の状況だったろう。
そのとき僕が素面なら、文字通り夢でも見ていたのだろうと少年円の正気を疑うに違いない。
それとも嘘つき小僧の稚拙な思い付きにうんざりするだろうか。
ほろ酔い加減の僕なら、子供の夢に寄り添う気紛れを起こすかもしれない。
けれどしょうもないことを言いそうだ。
『帰れなくなったら大事だよ』とか。
『あっちで危険な目に合うかもしれないから今度は大人と一緒に行こうね』とか。
つまらぬお為ごかしを語って、少年円にたちまち軽蔑されることだろう。
どちらにせよ、大の大人が真面目に聞くような話で無いことだけは確かだった。
僕は生意気な子供だった。
NHKの少年ドラマシリーズが大好きだった。
親や学校が推奨する小学館版少年少女世界の名作文学全集より鶴書房のジュニアSFシリーズを圧倒的に支持していた。
同時代を生きた多くの子供と同様、いつしか自分にも不思議な体験が訪れないかと心の準備は万端だった。
どんと来いと毎日わくわくしながらその日を待ち詫びていたものだ。
それは、現代の子供がホグワーツからの入学許可証を夢見る心境と似ていたかもしれない。
リアルタイムでウルトラQを皮切りにウルトラマン、ウルトラセブンと胸を躍らせ、頭の中は幼い妄想でいっぱいになっていた。
あの頃の日本列島は毎年のように怪獣の侵攻を受けていたし、月面着陸と大阪万博開催が秒読みに入っていた。
アメリカとソ連のタイマン勝負、東西冷戦も佳境に達していた。
明日には核戦争で人類が滅亡するかもしれないと言う現実は、そこいらの鼻たれ小僧でも知っていた。
そんな時代を生きる昭和の子供は、かなりの自由を謳歌した。
特に多摩地区なぞで暮していると、余程酔狂な家庭の子でない限りお受験とは無縁だった。
どいつもこいつも、放課後ともなれば暗くなるまで遊び惚けていたものだ。
勉強は宿題を片付ける程度で十分やり尽くした感一杯になった。
お受験をした友もいたが、思い返すと連中も遊び惚けた仲間の輪の中に居た。
あの時代、放課後自由に過ごしていても余裕で勉強ができるヤツだけが、お受験に参戦していたのだろう。
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