第37話 分断される狼少女

 先手必勝とばかりに、部屋を飛び出したアタシ達。

 今ならまだ敵は集まっていないと踏んだけど、その読みは当たっていて、部屋の外にいた敵の数は、そう多くなかった。

 そして……。


「おい、何人やられた!」

「3人だ! たかがガキ2人に、何やってるんだ!」 

「バカ、ガキと言っても一人は太陽の騎士の血筋。強化の呪薬の力があることを忘れるな」

「お、おう。けど、小娘の方なら……うわああああっ!」


 誰が小娘だって?

 舐めたことを言ってくれたのはディアボロスの男。けど首筋噛みついてやると、悲鳴を上げながらのたうち回る。

 よし、一丁上がり。アタシはそいつから離れると、ハイネと背中を合わせる。


「やるじゃないか。前から思ってたけどお前、やけにケンカ慣れしてないか?」

「故郷の森で、護身術を習ってたからな。これくらいわけねーよ」


 なんて言ったけど、敵も戦闘訓練は受けているだろう。

 にもかかわらずやられていないのは、ハイネのおかげだった。

一緒に戦ってみて思ったけど、ハイネとの連係はバッチリ。アタシは決して出しゃばらずに、ハイネが敵に隙を作った瞬間を狙って動いていた。

 こうすることで、負けない戦いをすることができる。アタシ達、案外いいコンビなのかも


「ハイネ、後ろだ! うりゃー!」

「──っ! 悪い、助かった」

「ハァ、ハァ……いいってことよ。それより、急いで一階まで降りるぞ」


 襲ってくる赤い月の連中と応戦しながら、先へと進む。

 さっきまで隠れていた部屋があったのが、二階の奥。そしてアタシ達は、一階にある玄関を目指している。

 けど怖いのが、ハイネと同じ強化の呪薬を受けている、トワとパルメノン卿。さすがにその二人はまともに相手したくない。遭遇する前に、ここから脱出しないと。


 行く手を阻む奴らを剣で斬りつけ、爪で引っ掻きながら、長い廊下を強引に突っ切って行く。


 そして、玄関ホールに続く階段までやってきた。よし、ここを降りれば、もう一息。

 アタシもハイネも足に力を込めて、階段を駆け下りようとする。だけどその時。


「逃がさないよ」


 不意に背後から聞こえた、冷たい声。

 瞬間、背中に強い衝撃が走った。


「がっ!?」


 声にならない声を漏らして、アタシは床を転がる。

 誰かに、背中を蹴られた? いや、誰かじゃない。アタシは身を起こしながら、さっきの声の主を見る。


「トワ……」


 立っていたのは、冷たい目をしたトワ。

 まるで鋭い刃物でも突き立てられたような感じがして、ゾッとする。

 さらに。


「トワ、さっさとやれ。使命を忘れるな!」


 呪いの言葉が飛んでくる。

 見ると階段の下。玄関の前にパルメノン卿がいて、険しい顔をしていた。


 なんてこった。出口は目の前だってのに、そこを敵の大将が固めている。

 アタシ達を逃がさないように、自ら出てきたってわけか!

 目の前にはトワ。下にはパルメノン卿。この状況、どうする?


 だけど戸惑うアタシとは逆に、ハイネは剣を片手に、トワへと向かって行く。


「トワ先輩、アンタは!」

「ハイネ。君も少し、大人しくするんだ」 


 二人の剣が切り結んだ次の瞬間、ハイネの体が宙を舞った。

 何が起きたのかは分からない。ただトワが押し返したと思ったら、攻めたはずのハイネが、弾かれたように吹っ飛んでいたのだ。


 一瞬の出来事で、アタシは助けることもできずに。

 ハイネはそのまま階段へと飛ばされて、ゴロゴロ転がり落ちて行く。


「ハイネ!」


 ようやく叫ぶことができたけど、ハイネは既に階段の下。

 マズイ。向こうにはパルメノン卿がいるのに。

 だけど駆けつけようとするアタシの前に、トワが立ち塞がった。


「悪いけど、ハイネの元には行かせない。二人が組まれたら厄介だからね」

「分断させる気か? 止めてくれトワ! ハイネを傷つけて、罪を犯して、本当にこれがトワのしたいことなのか!」

「俺は……使命を果たすだけだ。使命を忘れるな、使命を忘れるな、使命を忘れるな……」


 狂ったように同じ言葉を繰り返すトワの目に、光は無い。まるで苦痛に耐えているみたいに顔を歪ませている。

 こんなの、やっぱり普通じゃない。さっき話した、呪薬で無理矢理従わされてる説が、真実味を増してくる。

 けどそうだとしても、どうやったらトワを止められる? どうすれば……。


「ルゥ、逃げろ!」


 考えていると、下からハイネの叫ぶ声が聞こえてきた。

 アイツ、無事だったんだ。けど、逃げろって。


 階段の下を見ると、ハイネはパルメノン卿を含む、赤い月の連中に囲まれていた。


「玄関から脱出するのは無理だ! 別の出口を探すんだ」

「お前を置いて行けってのか!? そんなことできるわけ……」

「急げ! このままだと二人ともやられるぞ!」


 ──っ! ハイネの言う通り、一階と二階に分断させた今、無理に合流しようとするのはかえって危険だ。

 けど、ハイネを見捨てて行くのか? 考える時間はない。


「ハイネ! お前も後で、必ず来いよな!」

「ああ、いいから行け!」


 胸が締め付けられるような気持ちで、苦渋の決断を下す。

 踵を返すと、一目散に駆け出した。


「ワォ────ン!」


 抑えきれない気持ちを吐き出すように、遠吠えを上げる。

 ハイネを置いて行くのが、平気なわけはない。だけど今は、逃げなくちゃいけないんだ。


「逃がすな! トワ、追え!」

「了解です」

「ワォ───────ン」


 追っての声を背中に受けながら、ただひたすら走る。

 ラピス学園に転校してきてから一匹狼のつもりでいたけど、ハイネを置いていくのがこんなにも苦しいなんて。


 どうか絶対に無事でいてくれよ。

 友達の無事を祈りながら、アタシは雄叫びを上げ続けた。

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