第20話 狼少女とハイネの受難
ガーディアンに入って、今日で一週間。
入団してみて分かったけど、普段ガーディアンがやることと言ったら校内のパトロールと、ケンカの仲裁という、地味な仕事ばかり。
てっきりこの前みたいに密売組織をつぶしたり、警備隊と協力して用心の護衛でもするのかなーなんて思っていたけど、そんなことそうそうあるかって、エミリィに呆れられた。
まあ確かに、この前のような大事件がしょっちゅうあったらたまんねーよな。
けど小さなトラブルというのが、意外と少なくないんだよな。
トワの言っていた通り、舞踏会前ってことで浮き足だっているのかもしれない。
舞踏会につけていくはずの宝石を見せびらかすために持ってきたけど、それがなくなったとか。
○○君とダンスを踊るのは私だーっていう女子同士が、取っ組み合いのケンカをしてたこともあった。
お互い容赦なく顔を殴ったもんだから二人とも鼻血を出していたっけ。もしもケンカしたのが舞踏会当日だったら、血染めのドレスを着ることになってたぞ。
女のアタシが言うのもなんだけど、女って怖えーな。
そんなわけでハイネと組ながら、校内で起こる様々なトラブルを解決してきたけど。中でも一番多かったのやっぱり……。
「……なあアンタ、男子生徒のハンカチが無くなったんだけど、知らないか?」
授業が終わった放課後。アタシは廊下で、一人の女子生徒を捕まえて尋ねていた。
「へ? な、なによいきなり。そんなの知らないわよ」
「ふーん……じゃあ、これはなんだ!」
「きゃっ、何するの!?」
彼女のスカートのポケットに手を突っ込んで、中をまさぐる。
こんなこと、もしも男子がやったら大問題だけど、女子同士だからセーフ。
そしてポケットから抜いたアタシの手には、男物の黒いハンカチが握られていた。
「これはなんだ?」
「さ、さっき拾ったのよ。ハイネ君のだとは、知らなかったわ」
「ハイネ? おかしいなあ。アタシは男子生徒のハンカチとしか言ってねーけど。おいハイネ、これはお前のか?」
呼ぶと、廊下の角に隠れていたハイネが出てきて、女子生徒の顔色がますます悪くなる。
「ああ。確かにこれは俺のだ」
「そ、そうなの? さっきそこで拾ったんだけど、ハイネ君のだったんだ。それじゃあ!」
「あ、待て!」
すたこらさっさと逃げて行く女子生徒。
ちっ、またこのパターンかよ。
アタシは回収したハンカチをハイネに返し、ため息をついた。
「なあ、アタシは学園の風紀や治安を守るために、ガーディアンになったんだよな」
「まあ、そうだな」
「なのに一番多い仕事が、盗まれたお前の私物を取り返すって、どういうことだ?」
「俺が聞きたい」
ハイネもアタシと同じように、ため息をつく。
ガーディアンに入って他の生徒と接する機会も少しずつ増えてきたことで、分かってきたことがある。
それはハイネが、非常に女子人気が高けーってこと。
もちろん以前も、全く知らなかったわけじゃない。
女子が遠巻きにハイネの事を見て、キャーキャー言ってるのを何度も見てるしな。
けどアタシが見てきたのは、氷山の一角だったんだって、思い知らされた。
まず校内のパトロールしてると、やたら視線を感じる。
最初は、アタシが人狼だから注目されてるのかとも思ったけど、違った。
皆が見ていたのは、アタシじゃなくてハイネ。コイツの見てくれがいいってのは分かってたけど、どうやら思ってたよりもずっと、目を引く顔してるらしい。
ただ問題なのは、そうして群がってくる女子の中には、おかしな奴もいるってこと。
それで多発しているのが、ハイネの私物の窃盗だ。ハイネが使った物が欲しいって奴が結構いて、さっきみたいなハンカチに羽ペン、時には服をこっそり持って行かれたことがあるのだとか。
けどそれ、泥棒だからな!
トワはそういう奴のあしらい方を分かってるみたいだけど、女子が苦手なハイネはそうもいかない。
むしろ社交的なトワと違って、ハイネは女子と話すことも少ないから。ファンの子達は、せめて私物を手元に置くことで発散させようとか思ってるんだとか。
けど物が次々なくなるハイネにとっては、迷惑この上ねーな。
「悪いな。俺の物を取り戻すために、ガーディアンになったわけじゃないのに」
「別にハイネが悪いわけじゃないだろ。むしろ被害者だし。幸いアタシの鼻は、盗まれた物を探すにはうってつけだしな」
匂いをたどっていけばすぐに見つけられるから、きっと適任だろう。トワもここまで見越してハイネと組ませたわけじゃないだろうけど、おかげで何か盗まれてもすぐに取り戻せるのだ。
犯行がバレた奴らもこれに懲りて、バカな真似はやめてくれたら助かるんだけどな。
「けどよう、お前からもこんなバカなことはやめろって、ガツンと言ってやった方がいいんじゃないか? そしたらアイツらだって、目覚ますんじゃないか」
「前に言ったことはある。けどそしたら大泣きされて、俺がいじめてるみたいになった。女子って本当面倒くせー」
眉間にシワを寄せながら言うけど、女子の全てがそんなんじゃないぞー。
でも気持ちは分からないでもない。ハイネが女子苦手なのは、昔友達に拒絶されたせいもあるだろうけど、こういう事の積み重ねもあるのかもしれないな。
「まあ何かあったら、アタシに言えよ。盗られた物探すのも、盗んだ奴取っ捕まえて反省させるのも、ガーディアンの仕事なんだから」
「俺の方が先輩なのに、助けられてばっかなだな」
「気にするなって」
ハイネの背中をバンバン叩いて、放課後のパトロールを始める。
校舎内を周り、度々問題を起こしている剣術部の様子を見て回ったけど、ガーディアン本部に戻る前に一度、自分達の教室に行くことにした。
アタシが明日まで提出の課題を忘れた事に、気づいたからだ。
「悪いな、付き合わせちゃって」
「それはいいけどさ。あまり教室に物を置いていかないほうがいいぞ。盗まれたらかなわないからな」
「いや、普通はそんな盗まれたりしないから」
けどコイツの場合、普通じゃないのが普通だからなあ。案ずる気持ちは分かる。
とはいえやっぱり、変な女子に目をつけられてる訳でもないアタシに、そんな心配無用だろう。
だけど、教室の前までやってきてドアに手をかけたその時。
「あー、あの狼女、ムカつくったらありゃしない!」
中から聞こえてきた声に、思わず手を止める。
なんか狼女って言ってたけど、ひょっとしてアタシのことか?
隣を見るとハイネも同じことを思ったのか、目が合う。
だけどお互い何も言わずに、少しだけドアを開けて中の様子を窺うと、教室の中には4人の女子がいた。
「なによアイツ。ちょっとハンカチ貰っただけなのに、ハイネくんに告げ口するなんて酷すぎ!」
怒りを露にしているのは、なんとさっきハイネのハンカチを盗んた女子。
けど待て! ちょっと貰っただけって、盗んだんじゃねーか!
だけど周りの女子達もつっこむどころか、うんうんと共感している。
「最低よね。アタシもこの前羽ペン借りてたら、いきなり返せって言ってきた」
「うわ、酷ーい」
女子達は好き勝手言ってるけど、あの羽ペンだって借りてたんじゃなくて、黙って持っていってたんだろうが。ハイネ困ってたぞ。
よく見たらコイツ等、皆ハイネの私物を盗んでたやつらじゃねーか。反省してくれたらって思っていたけど、この様子じゃ全然凝りてねーみてーだな。
「だいたいアイツ、調子のってるよね。ガーディアンに入って、ハイネくんと組んでるなんて。きっとズルイ手を使ったんだよ」
「なんかトワ先輩にも言い寄ってるらしいよ。人狼のくせに生意気! 発情中の狼かっての!」
向こうは怒ってるけど、アタシも怒りが込み上げてくる。
はあっ!? 何だよその言いがかり!
ま、まあトワに関しては下心が全くないわけじゃないから、反論しにくいけど。でも、他は的外れもいいとこ。
だいたいハイネと組んでるのは、トワの指示だっての。
「ちょっとは身の程をわきまえてほしいわよ」
「まったくよ。これは、お仕置きしてやらなきゃね」
話をしながら、4人は移動したけど。あそこって、アタシの机?
おいおい、何をする気だよ。
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