第3話 狼少女と、大好きなお兄ちゃん
昼休みが終わり、アタシとハイネは別々に教室へと戻る。
帰る先が一緒なんだから、時間をずらす必要なんてないじゃんって思ったけど、ハイネが言うには。
「一緒に帰って、もしも何か言われた面倒臭い」
なんて、うんざりしたように言っていた。
その時は意味がよくわからなかったけど、すぐにその理由か分かった。
「ハイネくん、ハイネくん、さっきの授業なんだけどさ」
「ねえねえ。昼休みどこ行ってたの? カップケーキ焼いたんだけど、良かったら食べない?」
ハイネの周りには、女子の人だかりができている。
あーなるほど。どうやらあの男、相当モテるようだ。
ただ女子にチヤホヤされてるにも関わらず、本人は素っ気ない態度で。
「授業で分からなかった事があるなら、先生に聞けばいい。あと、ケーキはいらないから」
慣れた感じで、女子をあしらっている。
アタシが言うのも変な感じがするけど、一匹狼って雰囲気だ。
どうして人気のない裏庭を縄張りにしているかが何となくわかったよ。あんなに周りがうるさかったら、一人で過ごしたい時くらいあるよな。
てことは、やっぱりあの時アタシは邪魔だったのかもしれないなあ。けどまあ、本人が良いって言ってくれてたんだし、深くは考えないことにしよう。
それよりも、だ。
授業が全部終わって放課後。先生の話が終わるなり、アタシは一目散に教室を飛び出した。
この時を、どれだけ待っていたか。
廊下を歩きながら見ているのは、この学校の簡単な間取りが描いてある地図。
放課後になったらある場所に行くよう、言われていたのだ。
そうして地図を頼りにやって来たのは、一般教室から離れた所にある、特別な部屋。
開き戸になっているドアには、『ガーディアン本部』と書かれていた。
ガーディアン? なんかどこかで聞いたような……まあいいや。
とにかくこの中に、アイツがいるはず。
ドキドキしながらドアをコンコンとノックすると、中から「どうぞ」と言う、男子の声が聞こえてきた。
「し、失礼します」
柄にもなく緊張しているせいか、声が上ずる。
ゆっくりとドアを開けて部屋の中に入ると、そこには学園の制服を着た、黄金色の髪にサファイアの瞳の男子生徒が1人。正面に置かれた机に着きながら、ニッコリと微笑んでいた。
「こんにちは。久しぶりだね、ルゥ」
「トワ!」
その顔を見たとたんさっきまでの緊張が、嘘みたいに消えていく。
トワは昔から、よくアタシの故郷の森の近くの別荘に遊びに来ていた、お兄ちゃんみたいな人。
今では背もすっかり伸びて、ちょっと大人な顔つきになったけど、柔らかな物腰と笑顔は昔のままだ。
アタシはトワに駆け寄ると、そのまま彼に抱きついた。
「トワー、久しぶりー!」
「ふふ、相変わらず甘えん坊だね」
「いいじゃん。じゃれ合うのは、狼なりのスキンシップなんだからさ」
トワの胸板に顔を埋めると、マアロの花の香りが鼻をくすぐる。
エミリィがつけてたような、匂いのキツい香水は苦手だけど、この香りは心を穏やかにさせる。
ブンブンと尻尾を振りながら抱きついていると、トワは何かに気づいたように口を開く。
「その制服……」
「ん、これがどうかした? ひょっとして、何かおかしかった?」
慌ててトワから離れると、身だしなみをチェックする。
「大丈夫、どこもおかしくなんてないよ。ただトワがうちの制服を着てるって思うと、何だか不思議な感じがしてね」
「そう? まあアタシにスカートなんて、似合わないけどね」
「そんなことないよ。とてもよく似合ってるし、可愛いよ」
「かっ、可愛い!?」
不意打ちの可愛いに、顔が燃えそうなほど熱くなる。
トワのやつー、そういうことさらっと言うなってのー。
必死で動揺を隠そうとするけど、たぶん照れてるのはバレバレだろう。さっきから尻尾のバタバタが、止められないもの。
くぅー、今だけはこの尻尾を、ちょん切ってやりたい!
「本当に、来てくれてありがとう。こっちの都合で転校までさせちゃって、ゴメンね」
「別に良いって。アタシも、人間の学校ってのに興味があったし」
正確には人間の学校じゃなくて、トワの通ってる学校に興味があったんだけどね。
アタシがここ、ラピス学園に転校してきたのは、トワに頼まれたからなのだ。
トワ達人間と、アタシ達魔族が共存するようになって、およそ60年。だけど未だに、両種族の間には、見えない壁が存在している。
でもその壁を無くそうとする動きは確かにあって、ここラピス学園もその一つ。
ラピス学園は元々、人間だけが通う学校だったんだけど、数年前から魔族の受け入れを始めたのだ。
人間と魔族が共に学んで、友情を育む、素晴らしい学校にしようってね。
だけど受け入れを始めたはいいものの、魔族の入学希望者が少ないのなんの。
一応何人かはいるみたいだけど、その数は僅か。それで、これではいけないと思ったのが、この学園の理事を勤めている、パルメノン家の当主。トワのじいちゃんだ。
パルメノン家は、アタシの住んでいた魔族の森の管理もしているから、そこから希望者を探したってわけ。
で、そこで目をつけられたのがアタシだ。
トワのじいちゃんはトワとは全然似てない、厳格で怖い感じの人なんだけどさ。いきなり森にやって来て、うちの学校に入らないかって言われた時は驚いたよ。
いきなりの申し出に、アタシも最初は断ろうかと思った。だってラピス学園にはいるってなったら、住み慣れた森を離れなきゃいけないんだもの。
親は森に残るから、見知らぬ土地で一人暮らしをしなきゃいけないわけで、心細かった。
だけどすみませんと断った時、一緒に来ていたトワが。
『残念だな。ルゥと一緒に学校に通えたら、きっと楽しかったのに』
しょんぼりした顔でそう言った瞬間、アタシの考えは180度逆転した。
そうだ、ラピス学園にはトワも通ってるんだ。と言うことは転校したら、毎日トワと一緒の学校に通えるの? だったら行く! 行かせてください!
本当言うと人間は苦手だったけど、トワとは毎日でも会いたい。
てなわけで、魅力的な餌に釣られたアタシは故郷の森を離れ、学園の生徒用の寄宿舎に居を移して、ラピス学園にやってきたのだった。
「こっちが呼んだのに、引っ越しの準備も手伝えなくてごめんね」
「良いってことよ。トワだって忙しいんだろ」
「ありがとう。それで、教室では上手くやってる? もう友達はできた?」
「え、えーと……」
返事をすることができずに、目を泳がせる。
まずい。転校そうそう同じクラスの女子とケンカして、取っ組み合いになるところだったなんて、死んでも言えない。
だけど沈黙で何かを察したのか、残念そうな顔をされた。
「その様子じゃ、上手くいってないみたいだね」
「だ、だってさあ。クラスの奴らアタシのこと、怖いだの獣臭いだの言ったりするんだもん。なあ、ここって本当に、魔族を受け入れているの?」
「うん。だけどまだ、見えない壁はある。でもルゥを呼んだのは、君ならその壁を壊してくれるって思ったからなんだ」
「アタシが? そんなこと言われてもなあ」
クラスに馴染むどころか、ケンカになっちゃったし。
壁を壊すどころか、むしろ厚くしてないか?
「まずは友達を作るところから始めよう。もちろん俺も協力するから」
「う、うん」
アタシはトワさえいてくれたら、後はまあいいかって気もするけど。
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