恋する狼少女は愛する人の側にいたい

無月弟(無月蒼)

プロローグ

プロローグ 幼い日の狼少女

 大きなお家の門を潜ると、青々とした芝生の繁ったお庭が広がっている。

 アタシは本を片手に、お庭の中を走った。

 この先に、あの人がいるはず。だってこっちの方から、匂いがするんだもの。


 お家の角を曲がると、やっぱりいた。

 そこには真っ白なテーブルと真っ白な椅子が置いてあって、その椅子に腰を掛けて紅茶を飲んでいるのがアタシの探し人。トワだ。


 アタシより2つ歳上の、7歳になるお兄ちゃん。

 本当のお兄ちゃんじゃなくて、よく一緒に遊んでくれる幼馴染みなんだけどね。

 サラサラとした黄金色の髪に、サファイア色の目。穏やかで整った顔をしていて、まるで絵本に出てくる王子様みたい。

 あ、違うか。王子様じゃなくて、騎士様かな。


 アタシは手にしていた本をギュッと握りしめて、トワに向かって再び走り出す。


「トワー、トワー!」

「ルゥ?」


 力いっぱい叫ぶと、トワはアタシの名前を口にして、ニッコリと微笑んだ。


「俺がここにいるってよく分かったね」

「分かるよ。だってトワからは、マアロの花の匂いがするもん。たどっていけばすぐ見つけられるよ」


 マアロの花って言うのは、少し珍しい、青色をしたきれいな花。

 トワはそのマアロの花を使用した香料を使っていて、いつもその香りがするの。

 柔らかくて心地いい、アタシもとっても好きな香り。


 あ、でも今したいのは、マアロの花の話じゃない。

 アタシは持っていた絵本を、前に差し出した。


「トワー、これ読んでー」

「いいよ。こっちにおいで」

「うん!」


 ちょこんと座ったのは、椅子じゃなくてトワの膝の上。

 ここはアタシが、絵本を読んでもらう時の特等席なの。

 トワは本を受け取ると、タイトルを読み上げる。


「『太陽の騎士』か。この前来た時も読んであげたけど、同じ物でいいの?」


 この前と言うのは、半年前にトワがこっちに来た時のこと。

 実はこのお家は、トワの家じゃなくて別荘なのだ。

 トワがこっちに来るのは、年に一回か二回くらい。そして前に来た時も、同じ絵本を読んでもらったんだけど。



「ダメかな?」

「ふふっ、そんなことないよ。俺もルゥと一緒に絵本読むの、楽しいもの」


 そう言いながらトワは、パラパラとページを捲り始める。

 えへへ。一緒に絵本読むの楽しいだって。アタシと同じだー。


 トワが遊びに来た時は、よく二人で山を走り回ったり、お昼寝をしたりしてるけど、こうして絵本を読んでもらうのが一番好き。

 特に今から読んでもらう、『太陽の騎士』は。


「じゃあ読むよ。むかーしむかし、人間と魔族はとても仲が悪く、ケンカばかりしていました。魔族が人間に、意地悪ばかりしていたのです」


 一語一語ハッキリとした声で、トワは絵本を読み進めていく。

 人間と魔族が、ケンカばかりしていた。それはここトライア王国で昔本当にあった事だって、アタシは知っている。

 前にトワが教えてくれたの。『太陽の騎士』は絵本だけど、書かれているのはこの国の歴史なんだって。


「くる日もくる日も、人間を苦しめる魔族達。だけど人間はそんな魔族を凝らしめるために、強い人達を集めて騎士団を結成しました」


 絵本には剣を振るう騎士と、頭に角が生えたり、背中に翼を持ったりする魔族とが戦う姿が描かれている。

 意地悪とか凝らしめるとか言ってるけど、やっているのは戦争。

 言い方を変えていても、子供だってそれくらいちゃんと分かるんだから。


 けど、人間と魔族が戦争をしていただなんて。大好きな絵本だけど、このシーンはやっぱり怖い。

 思わずギュッとトワにしがみつくと、ポンポンって頭を撫でられた。


「怖がらなくても大丈夫、これは昔の話だよ。今では人間も魔族も仲良しさ」

「本当?」

「もちろん。その証拠にほら、俺は人間だけど、魔族のルウと仲良しだろ」


 トワはそのままくしゃくしゃって手を動かして、アタシの頭に生えている、尖った耳を撫でた。


 仲良しだと言ってもらえたのが嬉しくて、きっと座っていなかったら、お尻に生えた尻尾をブンブンと振っていたと思う。


 トワは言う通り、アタシは人間じゃない。人狼と言う魔族だ。

 その名の通り、一見すると人間に似た姿をしているけど、耳が生えているのは目の横でなく頭の上。しかも毛の生えたフサフサした耳で、お尻には尻尾もある。


 匂いに敏感で、鋭い爪と牙を持つ、人間みたいでだけど狼の特徴を持った魔族、人狼。それがアタシ、ルゥだ。


 だけど絵本とは違って人間に意地悪なんてしないし、人間だってアタシをいじめたりしない。

 人間と魔族が仲が悪かったのなんて、昔の話だもん。

 そしてそうなった理由は、絵本の続きに書いてあった。


「勇敢な騎士団は、来る日も来る日も魔族と戦いました。だけどある日、捕らえた魔族が気になることを言ったのです。自分達は、王様の命令に従ってるだけだ。本当は、人間に意地悪なんてしたくない、と」


 そう、そうなの。

 魔族のほとんどは、人間のことが嫌いなわけじゃなかったの。ただ魔族の王様、魔王が人間のことが大嫌いだから、意地悪をしろって命令していたんだって。

 そして逆らった魔族は、重い罰を受けていたんだとか。人間と仲良くするだけで罰だなんて、魔王ってひどいよね。


「話を聞いた騎士団は、人間と仲良くしたいと言う魔族達と協力して、魔王をやっつけに行きました。魔王は強かったけど、こっちも選りすぐりの強い人間ばかり。それに反旗を翻した魔族も力を貸してくれて、ついに魔王を打ち倒しました」


 うんうん。このシーンは、何度見ても格好良い。


 騎士達と魔族が共に剣を振るう絵に興奮していると、トワは絵本の最後のページを開いた。


「こうして悪い魔王はいなくなり、人間と魔族は手を取り合って生きていくようになりました。そして魔王を倒し、人間と魔族の架け橋になった騎士達は、闇を照す光と言う意味を込めて、『太陽の騎士』と呼ばれるようになったのです。めでたしめでたし」


 パチパチパチー!


 力いっぱいの拍手をすると、トワはそんなアタシを見てクスクス笑う。


「ルウは本当に、この本が好きだね」

「うん。だって太陽の騎士のおかげで、人間と魔族は仲よしになったんでしょ。魔王だってやっつけて、格好いいじゃない」

「そうだね。俺も太陽の騎士には感謝してるよ。彼らがいなかったら、こうしてルウに絵本を読んであげられなかったかもしれないからね」


 そう言ってもう一度、アタシの頭を撫でる。

 髪の間を滑るような優しい手つきが心地よく、マアロの花の香りが心を和ませる。


 アタシも、トワに出会えて良かった。太陽の騎士には、本当にありがとうって言いたい。


 けど太陽の騎士が光って意味なら、絵本に出てくる意外にもう一人。太陽の騎士がいる。


 それはトワ。だって彼は誰よりもキラキラ輝いている、光みたいなお兄ちゃんなんだもの。


 だからトワは、アタシにとっての太陽の騎士。

 アタシはそんなトワのことが好き。大好きだった。

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