秋①

@nothing_name

無題

 枕元の置き時計は六時半より少し前を指している。後少しすればアラームが鳴り始めるだろう。と言っても、あくまで保険であり、その音で目覚めたのは数えるほどしかない。いつもの要領でスイッチを切り、カーテンを開ける。飛び込んできた日差しは、とても秋のものとは思えない鋭さだ。信じられず机の上のカレンダーに目をやると、写真には中秋の名月が涼しげにこちらを見ている。


 9月も半ばを過ぎたが、暑さはどうも去ってはくれない。先日ふと気になって残暑で検索をかけると、どうやら8月の上旬を主に指す言葉らしい。残暑が厳しいなどと嘆いていた友人に伝えようか、どうしようか考えているうちに時間が経ってしまった。

 私は秋が好きだ。果物は美味しいし、虫の声も心地いい。そして何より、涼しいからだ。それがこうともなれば気分も落ち込む。陽が傾いてからもなかなか熱は引かず、心なしか聞こえてくる虫たちの声も元気が無いように感じられ余計に調子を狂わせる。




 一階へと降りると、朝食とお弁当の用意は既に終わっていた。しかし、母の姿は見当たらない。リビングのカレンダーには午後からの勤務予定、きっと再び寝たのだろう。勤務時間が長いため体を休めないと保たないなんて苦笑する母の姿が目に浮かぶ。かなりハードな仕事をしているというのに、朝早く家事を済ませる母には頭が上がらない。

 洗面所へと向かい身支度を整えていると父が起きてきた。公務員である父の生活リズムは私と基本的に同じだ。夕食の支度や洗濯は私と父の仕事になっている。用意された朝食を二人分並べ、共にとる。取り留めのない話をしながら朝の時間はゆったりと過ぎて行き、気が付けば家を出る時間だった。私より少し後に家を出る父に声をかけるとお弁当を片手に家を出た。


 高校までは自転車で山を下って片道十五分ほど。幼馴染と待ち合わせをして、共に登校している。

待ち合わせ場所は近所のバス停で、古びたベンチが一つ置いてあるだけの寂しい場所だ。普段は誰もいないそこに今日は珍しく先客がいた。近所の家で飼われている、可愛げのない猫だ。

 まだ朝だというのにゴロンと横になりこちらを見ている。その小さな瞳に人間はどう映ってるんだろう、とは思いつつも案外何も考えていないのかも。そこでスマホに通知が入った。寝坊をしたから集合時間に遅れる、という連絡だった。時間にルーズなのは今に始まったことではないのでさほど気にはしなかったが、どうしたものか手持ち無沙汰になってしまった。

 ふと目についた、道路脇で風にたなびいている猫じゃらし。一本手折りベンチへと戻り、猫の前でチラチラと揺らしてみる。横着な猫は初めこそ興味を示し手を伸ばそうという素振りを見せたが、やがて興味を失いその目は「何馬鹿なことをしているんだ」とでも言いたげだった。その気まぐれにちょっとイラッとしたが、その辺に草を捨てると大きく伸びをした。猫が気だるそうにあくびをするのにつられ、あくびをする。喉の奥から気の抜けた声が出て思わず手で口を覆った。子供の頃からの癖でこればっかりは治る気配がない。いつもは馬鹿にしてくるあいつも今はいないため胸を撫で下ろす。寂れたベンチに腰をかけるとギシッという不安を煽るような音はするものの、なんともない様子。猫も隣に座った私に興味は示さなかった。スマホを取り出し、さほど興味もないSNSを触る。時間潰しにはちょうどよかった。


 やがて、私のことを鬱陶しく感じたのか、のっそりと立ち上がると、飼われている家とは逆方向に歩き出した。その立ち振る舞いは貫禄すら感じさせる。どこに行くのかは彼女(彼かもしれないが)の勝手だ。ぼんやりと眺めていると猫が消えた丘向こうから、立ち漕ぎで自転車を飛ばすあいつの姿が見えた。時間を確認するといつの間にか待ち合わせの時間は過ぎ、遅刻しそうな時間になっていた。いつも真面目なくらいだ、たまにはいいだろう。そんなことを考えながら停めていた自転車に跨った。

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