星紡ぎのティッカ-4
人が死んだ後、魂は空へ還るのだという。次の生を受けるための力を蓄え、空の上でその時を待つ。その輝きこそが、星の光だ。星紡ぎは、彼らの助けを得て力を発揮する。
木々の合間から覗く夜空を眺めながら、ティッカは師からくどいほど聞かされた教えを思い出していた。あの光は、命の輝きそのもの。彼らは地上に残された愛しい者のためにその力を降らせ、それを受け取って必要な形にするのが星紡ぎだ。我々は星の力を借りているにすぎない。決して驕ることなかれ。それを忘れれば――今のティッカのようになる。
ひとつ、溜め息を吐いて、ティッカは止めていた歩みを再開した。夜の森。梟の声やネズミの足音が、時折その静まり返った空気を震わせる。周りは冬でも葉を広げる広葉樹が緩やかに群をなし、風に吹かれてはざわめいていた。何の変哲もない、小さな森だった。地面の起伏も少なく、散歩しながら森林浴するには最適だろう。
そんな森が持つ〈星が降る森〉という異名の由来は、その名の通り星が落ちてくるからである。空に輝く魂が、転生の時を待たず光を纏ったまま降ってくる。その場所が、ここだった。理由は定かではないが、地上を恋しがって、あるいは人々により強い加護を与えるためだとも言われる。降ってきた星は地上に着く前にほとんどが燃え尽きてしまうが、その残滓は不思議な力を宿す石になる。それが、星紡ぎの守護の石。ティッカが探さなければならないものである。見つかるまでは、塔に戻ることは許されない。それが古くから定められた掟だった。過去にそれを破った者もいたようだが、もはや村に居場所は与えられなかったという。
ならば自分は、二度と塔にも村にも足を踏み入れることは無いだろうと思った。落ちてきた星の石を、どれでも持ち帰ればいいというわけではない。星紡ぎと守護の石にも相性がある。合わないものだと、逆に災いをもたらすとされていた。レド曰わく、自分の石は見れば分かるという。しかし森を歩いて半日、ティッカは未だ何の気配も感じられなかった――そもそも、感じることなど出来はしないのかもしれなかったが。
少し歩いて、ティッカは再び足を止める。いい加減、ティッカの体力は限界に近付いていた。石を探して地面を凝視していた目も疲れたし、歩き通しで足が痛い。何もかもが億劫になって、ティッカはその場で座り込んだ。ただでさえひんやりとした森の空気は、太陽が沈んだことで余計に冷たくなっていく。寒さには慣れていたが、いつまでも耐えられるわけではない。凍死するのと、冬籠もり前の獣の餌になるのと、どちらが楽だろうか。すっかり不貞腐れて、そんなことを考え始める。ティッカは星紡ぎとしては出来損ないだし、かといって村の子供達のように畑仕事の知識があるわけでもない。
こんな人間なら、いっそ居ない方が村のためだろか――どこまでも重い方向に思考が傾いていく中、ティッカはふと視界の隅に奇妙なものを見つけた。木立の隙間に見え隠れする、動く影。熊か何かと身構えるが、それにしては小柄である。その動きをよく観察して、ティッカはようやく気がついた。
「……人?」
それも、体格からしてまだ幼い。村の子供だろうか。だとしたら、こんな時間に一人でいるのは危険すぎる。星紡ぎの試練とはいえ、放って置くわけにはいかないだろう。何をしているのかは分からないが、せめて森の外まで送って行かなくては。
「ねぇ、君! どうしたの、こんな所で」
駆け寄りながら、ティッカは声を掛けた。女の子だ。淡い金髪を肩の上で揃え、白い膝丈のワンピースを着ている。恐らく、ティッカより二つか三つは年下だ。何かを探すように俯いていた少女は、ティッカに気がつき顔を上げた。
「……だれ?」
首を傾げ、少女は尋ねる。
――その顔を見て、ティッカは絶句した。似ている。若草色の大きな瞳に、頬に散ったそばかす。ティッカを見たときの仕草も、その声までも。
「カペラ……!?」
あまりにも、ティッカの幼なじみとそっくりだった。髪の色を除けば瓜二つと言っていい。最後に村で別れたきり会えなくなってしまった少女が、まるで生きて帰ってきたかのようだった。反射的にカペラの名を呼んだティッカに、少女は困惑した目を向ける。
「カペラ? それがあなたの名前?」
「あ……いや、違うよ。ごめんね、知り合いに似てたから、びっくりして……」
我に返って訂正をしながらも、ティッカは肩を落とした。そうだ、カペラな訳がない。彼女は帰らぬ人となってしまったのだから、いくら似ていたとしても他人にすぎないのだ。今更そんなことを考えるなんて、馬鹿げている。そんな自己嫌悪の渦に呑まれ、ティッカはそれ以上何を話して良いのか分からなくなってしまった。しかし少女はティッカの様子に気付かないのか、無邪気に問い掛けを重ねる。
「ふーん? じゃあ、あなたの名前はなんていうの? なんでこんな所に居るの?」
「……ティッカ、だよ」
幾ばくかの間を置き、ようやくティッカは少女の質問責めに言葉を返した。本来の目的を忘れてはならない。声を掛けたのは、この少女を森の外へ送ってやらなければと思ったからだ。落ち込むなら、後で勝手に落ち込めばいい。やっとそう思い直したのである。
「君こそ、どうしてこんな時間に森にいるの? 一人で何してたの?」
「私はね、落とし物しちゃったの。確かにこの森に落としたはずなんだけど……」
問い返すティッカに、少女は素直に言葉を返した。言いながらもその落とし物を探すように当たりを見回した後、何かを思い付いたようにティッカに食い付いた。
「ねぇ、ティッカは私の落とし物見なかった? 金色のお花なの」
「金色の花……? 分からないな」
随分抽象的な表現だと思ったが、ティッカは深く考えずに首を振った。その落とし物が何であるにせよ、ティッカは森に入ってから木と草と石ころしか見ていない。期待した答えが得られなかった少女は、明らかに落胆した様子で溜め息を吐いた。余程、大事な物らしい。
「ねぇ、明日もう一度来て探すんじゃだめかな? 夜行性の獣も出るから危ないし、明るくなってからの方がきっと探しやすいよ」
意気消沈する少女を可哀想にも思ったが、一人でうろつかせるのは危なすぎる。出来るだけ穏やかな口調で帰宅を促すが、少女は対抗するようにキッとティッカを睨みつけた。
「だめよ! すごく大事な物なんだから、早く見つけなきゃ……それに、そんなに危ないんなら何であなただって森にいるのよ!」
「それは……」
宥めるつもりが逆上され、ティッカは答えに窮した。確かに少女の言う通りなのだが、自分には帰るに帰れない事情がある。どう説明すれば納得してくれるか悩んだ沈黙の間を、彼女は都合良く解釈したようだ。まるで口喧嘩に勝ったかのように、少女は胸を張る。
「言い返せないんだったら、私のことだって言えないわよね。で、ティッカは何してたの?」
つい先程までの落ち込んだ表情はどこへやら、興味津々といった様子で少女はティッカの顔を覗き込んだ。こんなところまで、カペラにそっくりだ。彼女も、よくこんな調子で会話の主導権を奪ったものである。
「……探し物。見つかるまで帰れないんだ」
「ふーん。なるほど……」
苦々しく言葉を返すティッカを、少女は何かを思案するように眺めていた。ここまでの流れから考えて、あまり良い予感はしない。
「そうだ、良いこと思いついた! ティッカも私も探し物が見つかるまで帰れないんだから、二人で一緒に探したらいいのよ。そしたら、危なくないでしょ?」
さも名案を思いついたというように、少女は手を叩く。確かに一人よりはましだろうが、あまり解決策にはなっていない気がする。
「いや、あの」
「よし、決めたわ。よろしくティッカ! しゅっぱーつ!」
ティッカの手を取り上下に振り回したかと思うと、少女はそのまま自分を引きずるように歩き出す。声を発しようとしているティッカのことなどお構いなしだ。
「いや、ちょっと、待ってよ……!」
ずんずんと前を行く少女の勢いに呑まれ、ティッカは提案を拒む機会をすっかり失ってしまった。
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