今の私の状態=遭難者
気がつくと、真っ暗な森の中に1人でたっていた。
いや、森ではない、この傾斜からすると、ここは山の中なのだ。それもとても高い山。空気の薄さや風の冷たさで分かる。なぜこんな所に登ったのか、いつ登ったのか全く意識がない。
いきなり見知らぬ山奥にポンと置かれたようなものだった。
そのとき、突然ガイドが現れてこう言った。
「大丈夫、このくらいの山ならすぐに降りることはできますよ。わたしにおまかせください。すぐに家に帰れます」
突然身に覚えのない遭難で、私はガイドが心強く思えて少しホッとした。素直にガイドの後について行くことにした。昼だと言うのにこんもりした森林のせいで薄暗い。
足元に注意しながら、木の根や鋭い枝を避けながら歩きに歩いた。息苦しくて足も体も痛い。腰は砕けそうに痛くてお腹を伸ばせないのだ。気づけば、体のあちこちが傷付き両足が腫れていた。
するとガイドは突然立ち止まった。
「あれ? 間違えたかな?」
うそ! こんなに苦労して歩いたのに?
しばらく考えていたガイドが、別のルートで降りましょうと笑顔を見せた。
あー、よかった! 別のルートがあるのなら、帰れる見込みはあるだろう。
しかし、またガイドは立ち止まり、うーん、と考え込んでいる。
「ここで合ってるのかな? おかしいな、少しも降りられていない」
え? ちょっとまって! 確かに一歩ずつ降りてる感覚はあったのに、またなの?
するとガイドは、えへへと笑って、また後できます、と言ったきり、霧の中に消えて行った。
え? 待って! 待ってよ! こんな暗闇の山の中に一人でどうしたらいいの?
そうだ! スマホで連絡しよう!
プルルルル、通じた! 「大丈夫? 心配してたよ」家族だ。
ここはどこ? どうやったら帰れるの?
「大丈夫だよ、絶対お前は帰れるよ。信じて歩き続けなさい」
でも、右も左も分からないの!
真っ暗なの! 寒いよ! 辛いよ! 痛いよ!
「大丈夫! みんな応援してるからね」
応援だけじゃ分からないよ! どっちの方向へ行けば助かるのか。
何日も何日も、気づくと半年がサラリとすぎて、もうすぐ8ヶ月になろうとしていた。木々の皮を食べ、葉っぱに溜まった露を飲んで、体力を消耗しない程度に足の筋肉も鍛えていた。
しかし、まだこの山奥からは抜け出せずにいる。
するとあのガイドがまた現れてこう言った。「すみません、降りられると思ってましたが、僕にはもう無理です。後はこの山で残りの人生を生きていくか、ご家族と連絡を取りつつお過ごしください」
ちょっと待って! そんな無責任な!
あなたはガイドでしょう? どうして最後まで助けてくれないの?
「あー、ヘリという手もありますが、ちょっと高いので。それに私は危険なので乗りたくないのです。それではごゆっくり」
何を言ってるの? ここはどこなの?
それだけでも教えて! あなたはどこに帰ってるの?
すると、ひらりと天から一枚の紙が降ってきた。そこは上から見たこの山の地図だったが、至る所に入るな危険。と書かれ、どっちに行っても八方塞がりのようだった。
「僕はいつでも家に帰れますが、あなたは無理なのです。悪しからず。それともこの近くに山小屋があるので、そこで余生を過ごすこともできますよ」
なんて憎たらしいことを! なんて無責任なことを!
ガイドに見放され、私はまたこの大きな山にひとりぼっち取り残された。
家族は時折電話で励ましてくるが、帰り道すら分からない。
もうこのまま、ガイドの言うようにここで……?
私には一理の望みさえもないのだろうか? もうここで私の人生が終わるのだろうか? 涙も出てこない。悪態もつけない。それほど心は乱れ彷徨っていた。
ある晩のこと、絶望に満ちた山の中の落ち葉の布団の中で、ふと見上げた夜空には、都会ではプラネタリウムでしか見た事のない見事な星空が広がっていた。
丸い月も負けずとかかり、まるで幻想世界にいるよう。
私はふと思い立った!
そうだ! 天体で方向を知ることができる! 昼には太陽の動きで西と東が分かる! 自然の力を信じて、少しの望みも失ってはいけないんだ!
慎重に星を観察して、位置を覚えた。
昼になると、向こうにあった太陽が段々こちらへ移ってきた。
あ、こっちが西だ! GOウエスト!
やがて重かった体は希望を持ったことで、徐々に動かしやすくなった。足も軽く感じる。
あ!
だが、喜んだのも束の間、森を抜ける前に広がった光景は、だだっ広い深そうな川だった。
歩いては渡れない。泳いで渡ったら流されてしまう。途方に暮れてまたしゃがみこむ。
ここまで来れたのに。ここまでこんなに辛かったのに。いったい私はどんなに極悪非道なことをしたら、こんな目にあうのだろうか? どんな罪があったのだろう?
ああ、神様……家族に会いたい。
ガイドの言葉通り、こんなとこで人生を終えたくない。もっともっとやらなくてはいけないことがあるの!
家族を支えたり、自分で作ったお話の世界で他のみんなを元気にすることも、自分のために外に出てショッピングしたり友人たちと思い切りお喋りやランチを楽しみたいの!
冷たい涙が流れた。家族を泣かせたくない。大切な人たちを悲しませたくない!!
すると、突然眩い光が頭上から差してきた。その眩しさに右手で目を覆って見上げると、そこには大きな金色の翼の鳥が、陽を遮り辺りを陰らすほど大きな不死鳥が、羽ばたいてこちらを見ている。
大きな2本の足をこちらにゆっくり下ろすと、私の体を優しく掴んだ。
そして、ゆっくりゆっくりと舞い上がっていく。
やがて今までいたあの山が足元に見えてきた。風を切りながら街に向かって羽ばたいていく。
ああ、街並みが目の前に見えてきた。
しかし不死鳥は止まらない。街をスルーすると、もっと空高く飛び上がった。
ねぇ、どこにいくの? ここで下ろして!
しかし不死鳥はさらに首を上げ、勢いをつけて羽ばたいている。
どこに連れていくのだろう。まさかこのまま天ご……。
私はゆっくり顔を上げ不死鳥の目を覗き込んだ。──? あ、あれは! あの目は! 不死鳥の目は誰かに似ている。
そうだ、家族や友達一人一人それぞれが全て混じった目をしているのだ。
私の目から温かい涙が溢れた。
ありがとう! ありがとう! ありがとう!
やがて不死鳥が降下していくと、そこに見えてきたのは懐かしい我が家だった。そっと私をベランダに下ろすと、一度だけキーーーンと鳴いて振り向き、また飛び立っていった。
私はいつまでもいつまでも不死鳥が太陽の光の中に見えなくなるまで見送っていた。
やがて私はあの山の中での悪夢を手記にする日が来るだろう。
それはあと数十年後かもしれない。
私は助かったのだ。命は繋がったのだ。これが悪夢ではなく正夢になることを私は諦めずにいたい。
ありがとう! ありがとう! ありがとう! 私を苦しめた全ての事に感謝して、キッパリお別れしよう!
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