第23話 解き放たれた怪物


 誰にも見つからないよう座敷牢へやって来た俺は、鉄格子越しにエドワールお兄さまを覗き込む。


「おはようございます、エドワールお兄さま」


 そして、いつものように声をかけた。そういえば、エドワールお兄さまはかれこれ千日以上監禁されていることになるのか。実に愉快だぜ。


「クイ……モノ……」


 すると、お兄さまがそう言った。どうやらお腹が空いているらしい。今この中に入ったら、俺が食われてしまうかもしれないな。


 仕方なく、俺は屋敷の厨房からくすねてきたハムを受け渡し口から手渡す。


 お兄さまはあっという間にそれを平らげると、急に爽やかで凛々しい顔つきになって言った。


「やあ、おはようアル!」

覚醒おきるのが遅いですよエドワールお兄さま。まったく……」

「ははは、すまないね!」


 俺の素晴らしい教育の結果、エドワールお兄さまはどこに出しても恥ずかしくない好青年となったが、その代償として腹が減ると極端に思考力が低下するというヤバい特性が付与されてしまった。


 俺の出した『問題』に正解するまで食事を与えないという教育を続けたせいかもしれない。この点は反省すべきだな!


 だがまあ、些細なことだ。


「ところで、今日は何の用があって俺の所に?」

「エドワールお兄さまを解放します」

「………………?」


 俺の言葉に対し、首を傾げるエドワールお兄さま。


 まずいな。どうやら、三年間も座敷牢の中に居たせいで、外に出たいという当初抱いていたであろう欲求が消えかかっているらしい。


「……良いのかい? 俺は命を狙われているんだろう? だからここに隠れているんじゃないか」


 ちなみにエドワールお兄さまは、俺が未来を見通すことのできる『神の子』だと信じ込んでいる。嘘だとも知らずに、哀れだぜ。


「はい。今のお兄さまの強さであれば、例え暗殺者が襲ってきても返り討ちにすることができるはずです!」

「そうか……俺はそこまで強くなっていたのか……!」


 現時点でのお兄さまの強さは、俺やガストンを遥かに上回る。時々、座敷牢から外に出して、森にある魔物の巣に放り込んでいたからな。仮に漆黒教団の幹部と正面から勝負した場合でも、お兄さまであれば互角以上に渡り合えるはずだ。


 である。


 俺の命が裏切り者に狙われているこの状況下でエドワールお兄さまを解放することで、相手の狙いを探る。それが今回の目的だ。


 刺客が相変わらず俺の元に現れるようであれば、裏切り者の目的はアルベール・クローズの命。エドワールお兄さまへターゲットが変更されるようであれば、相手の目的はおそらくクローズ家そのものの没落。


 一見同じようにも感じるが、大きな違いである。


 もし裏切り者の目的がクローズ家そのものの没落ではない場合、犯人は屋敷の使用人の中に紛れ込んだスパイではなく、密かに俺のことを邪魔に思っている身内である可能性が高まる。


 つまり、お父様やお母様、ジルベールお兄さま、その他の血縁者が怪しくなってくるということだ。


 もっとも、これ以上はどちらとも襲われない可能性だってあるがな。そうなった場合は、単純にこの屋敷のセキュリティが誘拐犯を通すくらいガバガバであるということなので、お父さまにお願いして警備の者を増員してもらえばいい。


 ……俺とドロテが誘拐されたのだから、流石にそれくらいはやっていると思うが。


 何にせよ、深く考えるのは相手の出方を探ってからだ。


 俺は鍵を取り出して錠を外し、鉄格子の扉を開ける。


「しかしアル。俺がいきなり皆の前に出ていったら、びっくりされてしまうんじゃないかい? 三年も消えていたわけだし」


 すると、座敷牢から出てきたエドワールお兄さま(爽やかエディション)が、俺の方を見て言った。別にびっくりされてもいいだろ。


 品行方正に教育しすぎたか……?


「そうですね。びっくりされるでしょうね」

「それに、三年間のことを聞かれたらどうするんだ? もしかすると、俺のためにここまでしてくれたアルが追放されてしまうかもしれない……!」

「じゃあ、ここで過ごした三年間のことを聞かれた場合は『妖精の国へ遊びに行っていた』と答えてください。そうすれば、みんなそのうち何も聞いてこなくなるはずです」

「うん分かった。そうさせてもらうよ!」

「………………エドワールお兄さまは素直ですね」

「素直なのは良いことだって、アルが教えてくれたのさ!」

「……………………」


 リーズもガストンも俺の忠実な下僕だが、ここまで素直に命令を聞き入れることはない。俺の言っていることにおかしな点や間違いがあれば、各々が考えて反発してくる。


 だが、矯正されたエドワールお兄さまは決して反発しない。ただ忠実に俺の命令に従うだけだ。


 ……ひょっとすると、俺はとんでもない化け物を生み出してしまったのかもしれない。腹が減ると理性を失い、満たされると本能を失う。


 貴族社会にこのお兄さまバケモノを解き放ったら、一体どうなってしまうのだろうか? 今から楽しみだ。


 正直、この屋敷を全焼させればついでに死んでくれるであろう裏切り者より、エドワールお兄さまの挙動の方が気になるぜ!

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