第394話 臨界23(パルマサイド)

 最初に覚えているのは、戦場の光景だ。砂と血、火薬と鉄、罵声と悲鳴、埃と不味い飯、痛みと熱。それだけがパルマという男が覚えている世界だ。


 年齢が幾つぐらいのことなのか覚えていない。親の顔を覚えていない。兄弟がいたのかさえ知らない。


知っているのは、多くの人間が自分と同じように過去を人力か運命かはさておいてあったはずの人生を強引に断ち切らた運のない奴らということぐらい。


 今の自分の年齢すら覚えていないのだから当然だ。自分の名前や生まれた国、人種を覚えるよりも先に銃火器の扱いの方を先に覚えた。敵を殺す術を真っ先に覚えた。誰かが殺れと命令すれば誰であろうと殺すことが出来る術を得た。


 正直なところを言うのなら、簡単だった。周りが誰も彼も人を殺していたからではなく、パルマという人間には人間が本来持って然るべき善悪のブレーキを最初から持っていなかった。


引き金にかけた指は自分のものではなく、他人のものと認識することが出来た。殺すことは食べることと何ら変わりがなかったのだ。それだけに、草を抜くのと変わらないほどに人を殺せた。頭角をあらわすのに時間はかからなかった。


 しかし、誰も自分という存在を定義することは教えてくれなかった。だから、それが出来ない。面白いぐらいに欠片が存在しない。


好きな食べ物、飲み物は?好きな本、人物は?好きな漫画、アニメは?答えられる。自分の口でしっかりと答えられる。


 しかし、名前がない。パルマなどという名前も、誕生日も何もかもが偽造パスポートとして使った名前を元に作り出したものだ。


 自分のルーツを何も知らない。根を張るべき土を持っていない。それが大きな虚を作った。


底なしの世界では受け皿がなければ根を張るどころか水をためることも出来はしない。自分という存在を確立することは不可能だった。


 希望と絶望はない。潤いと渇きはない。無味乾燥とした荒野が無限に広がっているだけだ。どれだけ歩き続けても終わりはない。


 埋まらないもの。それを埋めてくれるものは何処にも存在しなかった。存在しないはずだった。


 そうであっても、この問いだけは答えることは可能だ。


信じるものを問われれば神と答えるか?


否、パルマはこれだけは自信をもって答えることが出来る。


『悪魔』は信じる、と。

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