第393話 臨界22(サードニクスサイド)

 思いもよらない提案を受けてサードニクスは尋ねずにいられなかった。自然と導器ミーセスに手が触れる。


「私よりも出来る確率はあるでしょう。しかし、解放するまでの時間、最大出力を浴びせることが出来るまでの時間。これらを算出する必要はあるでしょう」


 冷静な分析を基に勝利へ至るための方法をガネーシャは並べ立てる。閉ざされていた道に確かな光明が差し込んでくるように感じつつも懸念は未だ根を絶やすことが出来ていない。


「出来るとして、あいつの足を止めることは叶うのか?」


 ガネーシャの剣の技術は、認めたくないと思いつつも自分よりも数段上であるとサードニクスは理解している。だが、あくまでもすべては剣術の腕前に集約される。いくら超高速、精密極まりない剣撃を放てるといったところであの熱波を物理的に切るなど荒唐無稽な話なのだ。


「それは問題ありません。『紡糸断刃ペール・パールカル』の能力はあれだけではありません。しかし、精々は傾いている天秤を近郊に戻せるのが関の山。あとはサードニクスさんに委ねることになります」


「それで止めはさせないのか?」


「これだけではどうにもなりません。だから、私ではなく貴方に託したいと思います。話せと仰るところでしょうが、申し訳ありません。話すことは出来ないです」


「ハッ」と枯れた笑みが口から落ちた。歯並びのいい歯がガチンとぶつかる。


「いいだろう。だが、こっちからも1つだけ提案だ」


 心胆が冷えている感覚が存在しているのに神経だけはしっかりと動いていると証明するように言葉はスラスラと出てくる。その言葉にガネーシャは得心がいったと首を動かすしぐさで教えてくれる。


「それは構いませんが、1つ教えてください」


 丁寧な口調とは裏腹に言葉は容赦なしにサードニクスの秘密を暴こうと突き刺す。


「貴方は、何を目的に戦っていますか?」


 そんなことかと思いながらサードニクスはガネーシャの目を見る。初めて見た強いはずの赤い瞳は揺らいでいるように見えた。虫に食われて根元がぐらついている大樹を目の当たりにしている気分だ。それがこれまで誰とも馴染もうとしなかったサードニクスに何か訴えるものがあった。


「決まっているだろ?戦いたい奴がいる。…違うな。勝ちたい奴がいるっていう本音だな」


 真っ先に頭の中で浮かび上がったのは小紫こむらさきの顔。それを沸き上がった煙が覆って九竜くりゅうの顔に変わる。眉間にしわが寄るのは自分でも分かった。


「それだけですか?」


「それだけ…」


 端的に応えようとしたところで、言うべき言葉が詰まった。


 前にある目にあるのは、疑いと怯え。2つを滲ませる目はこれまでにあった何かを推察させるにはあまりある。


 だから、1つ1つ。かける言葉に可能な限りの熱を込めた。


「それだけだ。俺はあいつみたいにアンタを失望させる気はない。尤も信じてくれなんて言うつもりはない。これまでがこれまでだ」


 サードニクスの言い訳じみた文句を聞き届けてガネーシャは目を閉じる。極限の状況にあるとこの場に居るにもかかわらずこの落ち着き払った態度と仕草は平時と変わらないと暗に主張しているようにも思えた。


「いいでしょう。全て提案に従います」


 先にガネーシャが立ち上がる。


「嫌気はささないのか?」


「私は騎士です。我らがこの世界に生まれ落ちたときから変わらずに存在している。それ故に『ガネーシャ』の家名を裏切るわけにはいかない」


 凛とした言葉からはついさっきまで根ざしていた不安も何も見事に消し飛んでいた。それを証明するようにガネーシャは動いた。反対方向に消えていく背中は何処か変な既視感とむずがゆさを覚えた。


「誇りか…」


 ごちるとサードニクスは後ろに下がり、導器ミーセスを己に向ける。


「醒めろ。荒神ロアー

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