第391話 臨界20(真理サイド)

「ねぇ、まだ見つからない?」


「ちょっとお待ちください」


 スコープから顔を外した真理の顔は酷く苛立っていて目撃した雨夜は怯えた。ドローンを操作していた手元が狂ってあらぬ方向に動いた。その行動が真理の神経に触ったようだ。


「なに?」


 眉間にしわを寄せて真理が問い詰めると雨夜は「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。それが真理の機嫌を更に損ねる。


「ちゃんと集中してよ。今がどれだけ大事な時間なのか分からないわけじゃないでしょ?」


 声音は抑え気味にしたつもりだった。だが、どれだけオブラートに包み込んでも閉じ込めた感情の棘は突き破って露わになる。気づいて、口を押えた。


「…ゴメン」


 余裕は、欠片もない。そのことを自ら証明してしまったことを恥ずかしく思った。顔が赤くなるなんてことはなく、胸の内側からドロドロした何かが溢れ出るような感覚に膝を折りそうになる。


 本当の敵は、内側に居る。その言葉の意味が今ほど当てはまる状況は存在しないと真理には思えている。信頼が出来る人は誰も、近くに居ない。それが何よりも心細い。


 ハーツピースは信用していない。してくれていない。自分も同じ。表面では否定しても、根底は同じはずだ。


 言葉の端々から漏れ出た拒絶の臭気が鼻腔を刺激した。姫川も同じだ。良くてハーツピースより積み木一つ分。だが、彼女は自分のところにくっついてはいない。


 葵は、もうここには居ない。今頃は吸血鬼の本拠地に乗り込んでいるはずだ。恐らく、女王とぶつかり合っている可能性が高い。九竜くりゅうもまたあの鬼気迫る表情からして何か大きな十字架を背負っているのだろう。


 白聖びゃくせいは、どうなっているか分からない。それが酷く胸の内を不安で濁らせる。集中しなければならないのに。今すぐにどんな状況になっているのか確認に行きたい。生きていて、無事であることを今すぐに確認したい。飛び出して顔を見たい。匂いを、温かさを、硬さを、柔らかさを感じないと安心できない。


 不安がじっとりと首を這う。粘液が服の隙間から入り込んでくる感覚。皮膚を溶かすことなく隙間から入り込んで肉も骨も透過して心を生々しいセピア色に変える。


「なに、考えてるのよ。私…」


 弱くなった。今の不安からだけでも真理には十分に悟れた。かつての自分では、絶対に足を引っ張ることはなかったものたち。


「まだ…ダメ」


 銃身を握り締めて心を落ち着ける。強くあれる自分を取り戻すには在りし日の強い自分を思い出すしかない。それに縋るしかないのだ。


 昂っていた鼓動が眠っているときのように落ち着く。弱い自分が棺で眠りにつき、いつもの自分が目を覚ます。黒く澱んだ水に沈んでいく棺と入れ替わる形でかつての自分が浮上してくる。水面で光るサファイアの瞳がぶつかった。


「あれ、確認して」


 不思議と指が明後日の方向を示した。誰かに教えてもらったわけではなく、自分で確かめたわけではない。勘と表現するのがピッタリな気がするほどに真理の脳をプッシュした。それを雨夜が手に持った望遠鏡で確認する。直後に「ヒュッ」と息を呑む音がした。


「居ました…。アレ…」


 プルプルと雨夜が指をさす方にヴァルキリーを移し、スコープを覗いた。


 エウリッピ・デスモニアがそこに居た。

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