第383話 臨界12(ハーツピースサイド)
時計を確認すると予定より時間は押している。苛立ったのは一瞬だ。下唇を噛んだのも一瞬だ。鉄の味は2つより長く続いた。
問題はいくつも存在しているが、目下の問題は1つだけだ。
あの装甲を突破しなければアンドレス・ピールからもたらされた策は起動させることすら叶わない。
ビルの狭間から体を覗かせると羽狩と自衛隊がひたすらに聖女に攻撃を浴びせている。飛んでくる攻撃にこそ迎撃をしても大技こと報告にある熱線を繰り出す気配がここまでないのは自分が何をされているのか認識していないのか、歯牙にもかけていないのかは不明だ。
この攻撃に意味はあるのかと戦線に立っている者たちは思っているだろうと考えながらハーツピースはときが来るのを待っている。いや、待つしかないという方が正確だ。どれだけ目を凝らして聖女の姿を具に観察しても目当ての傷は見られない。
「狙いを右側腹部辺りに集中させてください」
ハーツピースは戦線で気炎を吐く部下たちに指示を送る。自衛隊の方には端末を通して情報の伝達を済ませてある。
しかし、嵐と表現したところで過言ではないほどの攻撃を受けながら歩みが止まることはない。ミサイル、銃弾、爆弾…。通常の戦闘に用いられるとはとても思えないほどの量を浴びながら同じペースを維持している。
―ダメか?
徐々に口が開いていく。今の今まで閉ざしていたものが。怪獣の熱線と口に出しても過言ではないほどの熱量を持ったあの一撃がそのまま直線状に放射されると部隊は全滅する。それにあの場所に攻撃が飛んでいくのもよろしくない。そんな事態が起きてしまえば戦いを続けるどころか中央支部諸共に灰燼に帰す。
ハーツピースは左側に飛び上がった。その一方でデストロイを抜き、聖女へ向けて全弾を放った。射程距離は届かない。だから、狙いを聖女の左寄りを狙い、弾を撃つ。跳弾だ。壊すことも殺すことも不可能なことは分かり切っている。今は当たって注意が自分に向きさえすればいい。
弾丸は幾度かの跳躍を繰り返し、熱線を今にも撃ちそうだった聖女の口近くに命中した。屋上に着地するとハーツピースは銃口を反射的に聖女に狙いを定める。
ステンドグラスを思わせる不気味な瞳がハーツピースを射抜く。見られて、一瞬とはいえ全身の血が止まったかと錯覚した。
「…なるほど。これは、実に恐ろしい」
顎下に触れるとベットリと汗が付着していた。粘り気のある気持ち悪い汗。今までにない経験の連続にハーツピースは苦笑した。だが、悠長に感慨に浸っている猶予はない。走り出すとビルの屋上に飛び移った。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼』
叫び声が響くと同時に聖女の口から熱線が放たれ、今しがたまでハーツピースが居たビルが爆ぜて熔け落ちる。爆風に揉まれて壊されないように落ちていく灼熱化する前の瓦礫を踏みながら次の場所まで飛び移る。攻撃を受けた場所を見ると、とても人の身で受けたら耐えようのないエネルギーの暴力であることをまざまざと突き付けられる。溶け落ちた鉄とコンクリートは未だにドロドロの液体と化しているのが、プロテクター越しにも伝わってくる熱が教えてくれる。
次の攻撃は、来ない。インターバルがあるのか、ただ単に逃げた場所を把握していないのかは判別がつかない。熱を基本に探知を仕掛けているのならば十分にあり得る話だ。情報はないから取りあえず様子見に徹するしかない。
―1、2、3、4。
内側で数字を数えていると、聖女の口が開く。唇の間から青白い光が垣間見える。体内に恒星でも取り込んでいるのではないかと思えるほどに綺麗な光だった。
―10秒か。
次の攻撃もまた先ほどと変わらない。辺り一帯を灼熱化させ、地獄をこの世に現出させる。熱風に当てられながらハーツピースは次の場所に移り、この状況を俯瞰する。
威力を落とせば連射銃のように撃つことが出来るかもしれないがその気配はない。聖女の行動パターンもまた頭に入っていない。さっきの行動をトレースして動きを変える可能性も考えられる。
周囲を見渡す。殺風景でシンプルというのが視界に流れ込む景色。囲いが存在するとはいえ精々が5階から6階建てのビルが林立する場所だ。広さと高さの双方から見てもあの熱線を受ければあっという間に吹き飛ぶだろう。チャンスをと逃げ続ければ、追い詰められるのはこっちになる。狩るはずの側が狩られる側に落ちる。
「仕方がないですね」
胸ポケットからリッパーを取り出し、指を軽く嚙んでは小さな刃に血の付いた親指をこすりつける。一瞬だけ走る鋭い痛みは気にならない。この痛みがこの先で意味を持つことになるとハーツピースは知っている。
「累れ。
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