第382話 臨界11(姫川サイド)

 開幕の花火は、盛大だった。天も地も全てを燃え上がらせんとするほどの勢いで降り注ぎ、吹き上がる炎と煙が世界を変えていく。


「撃て‼足を狙え‼」


 自衛隊の攻撃によっていくつもの爆破跡が刻まれる。戦車の砲弾が、航空機からの爆弾が雨霰と降り注ぐ。だが、聖女の行進は止まらない。


『AAAAAAAAAAAAAAAAA‼』


 爆撃が、人間が鬱陶しいと言わんばかりに聖女は大きく口を開く。悲鳴にも似た大声は大気を揺さぶり、エネルギーの強さを物語るように迫っていた弾丸と爆弾を跳ね飛ばした。行く先を失った弾丸はあらぬ方向へと飛んでは橙と灰色の花を咲かせる。あったものが次々に消えていくのは姫川に強い印象を与える。人を殺したときには罪悪感も何も生じはしなかっただけに不思議な気分だった。


「クソ‼次弾急げ‼攻撃の手を緩めるな‼」


 自衛隊の攻撃の手は緩められることはない。寧ろ激しさを増していく。ハーツピースはそのときが来るのをひたすらに待ち続けている。ときさえ来れば、合図さえあれば動くことが可能だ。


「…不思議なものね」


 アンドレスは神妙な面持ちで目と鼻の先で繰り広げられている死闘を、傍らで攻撃の用意に取り掛かっていたハーツピースらを眺めている。


「言いたいことは分かるよ。一時とはいえ、ボクもちょっとそっちで世話になったからさ」


 姫川は壁際にちょこんと座ると聖女よりも更に上にある月に視線を送る。彼方にあるあの衛星にはこの喧噪さえも届くことはないのだろうと思いを馳せると自分が、自分たちが一体全体何のためにこんなことをしているのか無性に虚しくなった。それを振り払うように姫川はアンドレスに話題を振る。


「どうして?」


「こっちに付いたか…。それはそっちにしても知りたいところよね」


 質問の意図を明確に読んだアンドレスは「ふぅ」と小さいながらも深い溜息をつく。


「貴女、今いくつ?」


「…20ちょっとかな。正確な年齢は分からないけど」


 質問の意図が分からないながらも姫川は答えるべきところはしっかりと答える。


「あんまり聞かないでおくわ。知りたいところだけど、女の子はミステリアスなぐらいがちょうど良いものだし」


「嬉しい言葉だね」


 少し洒落た返しに微笑んで返すと、アンドレスの顔は再び真剣な顔に戻る。だが、少し帯びた哀愁を見逃すことはなかった。


「こんな成りでも一応は五百歳ぐらい生きてるのよ。あの子も同じぐらい」


 言葉は濁されている。それでも、『あの子』というのが誰を示しているのかは姫川には想像がつく。脳裏にちらつくのはミステリアスでありながら何処か人を小馬鹿にしたような傲岸不遜な顔だ。


「エウリッピ・デスモニアのこと?」


「そうよ。出会ってからかれこれ何年になるかしらね」


「ボクに聞かれたって分かるわけないでしょ」


 至極当たり前の返しが入ると同時に2人の眼前を強烈な衝撃波が駆けた。煽られて多量の空気を孕みながら行き場を失ったエネルギーが荒れ狂う。意図的でないにしても自分たちも殺される対象に入っているのだろうと思わせるには十分な出来事だ。


「こっち側に付いたことがバレちゃったかしらね」


「…分からないね。そんな長い付き合いをしていた連中を裏切るなんてちょっと正気とは思えないよ」


 顔を上げると壁に描かれたストリートの絵が目に入った。文字に火に人にモンスターとやたらグチャグチャしていて何を表現したものなのか分からないが妙に今の光景を表現していると思えた。


「正気なんてあの場所にはなかったわ。誰も彼もが自己中。全てをあの子1人だけに押し付けて振り返ることもない。ワタシも協力をしたところで微々たることしかできなかった。責められたとしても文句は言えないし、殺されたとしても当然だと思っているわ」


「願いをかなえることを是としているわりに大分矛盾していると思うけど?」


「あの子が冷静で理性的に振る舞うことが出来ていたなら確かにこの行動は間違いなく矛盾した行動になるだろうけどね。…あの子が、あくまでも女王姉妹と一緒に過ごしたいという願いの奴隷であり続けたら」


「今のあいつは違うってこと?」


 煙管をポケット灰皿の上で叩き、吐き出した煙が月と聖女の前に幕を作り出してぼかす。


「あの子はこのまま進んでいけば自分の感情に駆られるまま世界の全てを壊すまで戦い続けるわ。あの聖女はまだまだ成長する。それこそ、人が生み出した建造物の類から神々が与え給うた大地の一欠片を残すことなくね」


 広がっていた煙が晴れて月と聖女が再び姿を現す。


「ただ単にワタシは落ちる親友なんて見たくないのよ」


「それこそ裏切りなんて言葉すら勿体ない我がままだね。賞味期限が切れた饅頭のほうがまだマシに思えるよ」


「酷い物言いね」


 姫川の言葉にアンドレスは仰ぐ。表情は伺えない。伺わないべきだろうと姫川は思いつつもポケットからチョコを取り出した。齧るとパキッと小気味よい音が鳴った。


「1人でいいもの食べてるわね」


「一欠けらでいい?」


「1枚…あればくれるかしら?」


「食い意地が張ってるね」


 姫川はチクリと嫌味をぶつけながらもポケットに仕舞っていたチョコレートを取り出してアンドレスに渡す。振り向くことなく受け取ったが、包装紙を解くことを忘れているのかアンドレスはそのまま齧った。


「チョコの食べ方ぐらい知っているでしょ?」


「暗くてよく見えないのよ」


 言い訳にもなっていない言い訳をつらつらと言うアンドレスに姫川は突っ込むことはない。


「紙、剥がしてあげようか?」


「別にいいわ。このぐらい触ってれば分かるもの」


 ビリビリ。紙が裂ける小さな音が聞こえ、次に硬質で小気味よい音が続く。


「何処で道を間違えたのかしらね」


 フフッと自嘲を漏らし、剥がした包装紙をより細かく裂く。夜空に乗って彼方へと飛び、徐々に小さくなっていく。


「正義だと信じていない?今こうしている行動を」


「正しさは自分で決めるものじゃないわ。それを受けた者がポジティブと受け取るか否かという話よ」


「ネガティブと受け取るならそいつが狭量という話よ。いい子ちゃんなまんまじゃそれはそれで話にならないけど、悪い子が悪い子のままじゃ未来はない」


 姫川が大方の言葉を述べると場違いな『ピピピ』という軽快な電子音が跡を継いだ。腕時計のアラームを切って立ち上がる。


「ゴメン。話は後でね」


「…最後に1つだけ聞かせてもらえる?」


「答えられる範囲ならね」


 胸元に手を少しだけ近づける。アンドレスは意図的か無意識か聖女を見ている。


「貴女は、一緒に地獄まで一緒に行ってあげようと思える人は、いるかしら?」


「いないわ」


 暫しの沈黙。熱い空気。折り重なる冷熱の不和は居心地を悪くする。


「質問はもういい?いいなら、一緒に来てもらうけど」


「何処へ行くのかしら?」


 スッと指先を伸ばす。包帯が巻かれていない白い指は一つの廃ビルを示す。


「仮初の城」

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