第355話 乱舞27(エウリッピサイド)
火花が空に咲いて瞬く間に散っていく。打撃の音は火花を彩って花火を思わせる。見るエウリッピは瓦礫の山で1人だけの観客として舞台を楽しんでいる。手を出すなんて無粋な真似はせず動く2人を目で追う。
「はぁ‼」葵が切っ先を突き出すとガネーシャは剣で受け流す。鋭くも短い金属音が彼方へと消えていく。生まれた隙を逃すわけもなくガネーシャは柄で殴りかかって葵に防がれる。バチンと響いた骨すら砕きかねない音がエウリッピの耳朶を打つ。手を引くと次は葵のターンとなるかと思われた先にガネーシャは距離を取る。葵は動かずに留まった。目はジッとエウリッピに釘付けになっていることが警戒しているということを裏付けていた。
「腕を上げたな」
眉間に皺を寄せながらも葵は苛立ちを滲ませず淡々と口に出す。ぶつけられたガネーシャはそよ風がすり抜けてきたとでも思わせる態度で応じる。
「どれだけの時間が過ぎていると思いますか?」
「さぁね。一々数えていられるほどの余裕なんてないからね」
「200年ですよ。私たちが分かれている時間は」
嫌味をチクリと言いつつ一方で『死蟷螂・
「アタシを助けられなかった。そうずっと後悔しているのか?」
お互いにとっての傷に葵は容赦なく触れる。触れた上に手を突っ込んでくる。今にもその這いずり回る痛みで叫んでしまいそうになる。
「…してないわけないじゃない」
視界が滲んだ。後悔を絞り出す声は震える。
「私に力があったら、あんな男に付け入られる隙を作ることはなかった。私に力があったら、グラナートがおかしくなることもなかった。私に力があったら、敵対することなんてなかった。全部、私が弱かったせいよ」
脳裏を流れていく過去の記憶は後悔ばかりだ。世界への怒りよりも、自分への怒り。爆ぜて消えた火花と壊れて止まりどころを失った信号の赤い電灯が自分の内面を投影しているように見えた。
「全部が全部自分のせいだと?」
「そうでしょ?私の力が2人に並ぶほどあったらあんな事態にはならなかったはずよ」
エウリッピの独白を耳にして葵は顔を顰めた。
「お前は相変わらず傲慢だな。お前に力があれば全部が全部をどうにかできたと思ってるのか?」
「少しは違ったはずよ」
「違わない。あれでもマシな方だ」
「マシ?あれが…マシだって?」
聞き分けのない子どもに聞かせるような口ぶりにエウリッピは噛みつく。
「お前がアタシたちに肉薄するぐらいに力を身に着けていたらアタシと姉さんが担がれた構図にお前が加わるだけにしかなってない」
当然の指摘にエウリッピは鼻で笑う。そんな単純な理屈が分からないとでもとでも言わんばかりの口ぶり。
「そんなところに私は居ないわ」
「お前の意思なんて関係ない。あの時点で王がいなかった上に奴らは争う理由があればいいだけだ。目的なんていくらでも捏造する。今のお前なら覚えのある話だ。あいつらの上に立つ身になったんだからな」
自己主張があまりにも激しい個人主義の権化。抑えようとしたところで徒労にしか終わらない好戦的な気質。その只中に争いごとの火種を持ち込めば、どんな事態になるかは明白だ。加えてそれが新たな争いを連鎖的に引き起こす理由を求めるだろう。煽りに煽って大火が都市を超え、国全部を焼き尽くしたところで止まらない。寧ろそれを望む。人間とは違うのだ。
「…だから、なに?」
思いもかけなかった言葉だったのか、誰もが全ての行動を止める。自分が何を言ったのか理解していないわけではないと光を宿した目が物語っている。
「理解する必要なんてないわ。意味がない。私たちが真摯に向き合えばちゃんと分かり合えるなんて本気で思っていたわけではないでしょう?」
「なら、本当のお前は何を考えてる?」
開き直りとも受け取れるエウリッピの発言に葵は動揺も何も滲ませない言葉を返す。最早、未来を願っているという前に口にしたことを信じてなどいないだろう。
「何度も言っているけれど、私は帰りたいだけよ。それだけ」
葵の体に微かな振動が走る。ゴゴゴではなくカタカタ、それが徐々に大きくなっていく。立てないというほどではないにしても戦場である以上は何かあるのではないかと身構える。
「なんだ?」
「それだけの願いが、私のすべて。全て、総て、凡て…」
ギラギラと輝く瞳と覗く犬歯、解けて乱れに乱れた髪が途轍もなく狂気が熱気と帯びてエウリッピが炎と一体化したようで葵の総身が震える。
世界が、揺らいだ。
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