第342話 乱舞14(エウリッピサイド)

 パチンと指を弾くとエウリッピの体表からパラパラと粒子が舞い踊る。光源が無い空間で淡い光を放つ粒子は夜空に咲く星屑を連想させ、すぐに本来の想定されている形へと姿を変えていく。その様子を当のエウリッピは何も言わずにただ見守っている。


 完成したのは、騎士の姿でも何でもない歪なオブジェクト。我ながら悪趣味と禁じ得ない姿に苦笑が零れた。


 二枚貝を思わせる巨大な羽の内側は騎士の姿をしていたときを忘れまいとしているのかステンドグラスの色を濃く残している。


 中央には一対の少女の像。その中心にはブラックパールと見まがうほどに黒々とした球体が浮かんでおり、そのかいなで守っているようにも抱いているようにも受け取れる構図だ。


 手を取り合う姿はあの日に食らった糸場姉妹を思い出さずにいられなかった。実際にこの姿になったのは大いに2人の影響があることをエウリッピ自身は知っている。


「あと少し…ですね」


 最初に渋谷の街を襲い、恐怖の底へと突き落とすことになった奇怪な形状に近しい形状。しかし、意味する姿形は大いに異なる。


 羽を、ステンドグラスを彷彿とさせる美麗な模様を目にしていると不思議な気分になった。自分のこれまでが小さな泡としてぽつぽつと湧き上がる。


 一度目の計画は、予想だにしていない要素によって瓦解に追い込まれた。後悔は先に立たないものとはいえ眼中にすら入れていなかった己の温さに歯噛みするばかり。


 よくよく冷静になって思い返してみれば九竜くりゅうカルナが直々に自分の部下へと推薦した少年だったのだ。何もない、何らかの事情を1つも抱えていないと考えなかったのは失敗だった。


 次は、失敗できない。何も、何一つとしてだ。


 ―二度目は、無い。


 と思ったところで、エウリッピの頭にあるのは綻び。綺麗な正方形の隅に入った小さな罅程度であるも気になって仕方がない。目に入れまいとすればするほどにパラパラと落ちていく欠片が気になる。


 人間側に潜ませたスパイから断片的な連絡しかこない。委員会とは別口にばら撒いていたエウリッピ自身の子飼いは上と一切の繋がりはないから芥子川けしかわがクーデターを引き起こした際に攻撃に出たとは考えにくい。クーデターからあの日までの短期間で全員を手にかけるのは物理的に不可能だ。


「全部、見抜いてた?」


 可能性があるとすれば、葵に見抜かれたと考えるべきだろう。どのように見破ったのかは正直なところ理解の範囲外にある。芥子川が予め調べていたデータを元に動いたのか、独自に調べて今後の戦運びを考えて動いたのだろうか。残念ながら、敵方の動きを思うように掴むことが出来ない。可能性が浮上しては灼熱のアスファルトに落ちた雫よろしくあっという間に蒸発して消えていく。


 ―どうする?


 考えようとすればするほどに頭が痛くなる。念に念を押して用意していた多くのルートは尽く潰されてしまった。

 直後に柔い光が部屋を照らした。暗闇に慣れていた目は突然降って湧いた光を前に細まる。


「ご機嫌で何よりだ」

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