第337話 乱舞9(九竜サイド)

「で?これはどういう風の吹きまわしなんだ?」


 誘われて踏み込んだ先はトレーニングルームだった。聳える扉は以前に来たよりは小さく見える。


「煮詰まっているときは体を動かすに限るって話だよ」


 宣言すると葵は扉を開けた。ビックリ箱よろしく喧騒が次々に耳朶を打つ。


一度足を運んだ場所であるのに歩みは止まった。後れを取るまいと葵の後に続こうとして、再び足が止まった。


 体を刺すのは、視線。視線。視線。…視線だ。


 混じっているのは、好奇と嫌悪と憎悪。視線は虫の大群、感情は濁流。混沌となってオレを呑み込まんと押し寄せる。体表を突き破り、泥を流し込まれる。そんな筆舌に尽くしがたい感覚に膝が震えた。


 対する葵は慣れたものでピンピンとしている。ずっと長くこれに晒されてきたせいか精神はすっかり鋼鉄の如き強さになっているらしい。


 こんなものの対象になったことも無いオレは、耐えられない。


 集中している数多の視線が気持ち悪さを助長する。気を抜いてしまえば腹の中にある全てをこの場に叩きつけてしまいそうだった。


「…待って」


 足に力が入らなくなっていく。脂汗が止まらない。この場から逃げなければならないと思ったところで、腕を誰かに掴まれた。


「行くよ」


 今にも嘔吐してしまいそうなのに葵はお構いなしにオレの体を容赦なくズルズルと引っ張っていく。


「悪い。気分が…」


「どうだっていい話だよ。これから必要な話をするんだからね」


 今にも壊れそうになっていることを訴えても葵の足は止まらない。止まらないどころかより強くなっていく。


「目の前で大切な人が死にそうになっていても待ってなんて宣いているつもり?」


 気持ち悪さと疲労が相まって答えが纏まらないでいるオレを無視して言葉を一瞬だけ切り、葵はより強い言葉を吐き出す。


「死ぬのは、別れるのはいつも突然だ。あれをすれば、これをすればなんてことは後から湧いて出る。…そんな地獄は知らない方がいい」


 まるで自分に言い聞かせるような言葉が耳にするりと入り込んだ。じっとりと浸透していって奥底にある核まで届いた気がした。

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