第314話 蠱毒26(貴船サイド)

 しかし、強烈な力で後方に体が引かれた。力が加わっている場所は左肩のあたりだ。何の容赦も無しの力任せの攻撃は精力的に痛みを走らせる。


「~‼」


 声を出す間もなく、貴船の体は扉を突き破って廊下まで放り出された。濛々と舞う粉塵の中で自分の状態を確認する。


「…いった」


 胸郭が強く痛む。肋骨の幾本かは持っていかれた。だが、おいそれと戦闘を諦めて引き下がるほどのダメージではないと貴船は判断して立ち上がる。


「一部を壊す程度では、潔く膝を折ってはくれないですか」


 壊れた壁の穴から騎士がズシン、ズシンと音を付けたくなる重々しい足を動かしながら近づいてくる。


『A…』


 横に結ばれていた口が僅かに開いた。不協和音の音が漏れた。ささくれていた精神を否が応でも逆撫でして立ち上がる力に変える。チカチカと瞬く世界で大きく、強く目を見開く。


「まだ…まだぁ‼」


 自分を奮い立たせるべく貴船は声を張り上げる。発される痛みのシグナルは強さを増してようやくにして立たせた貴船の足を地に付けようとする。


「諦めないなら、楽に死なせてあげませんよ?」


 デスモニアは視線だけを投げてよこす。指先は未だに貴船ではなく糸場へと向いていることが分かる。


「舐めんな‼」


 啖呵を切り、ブチブチと悲鳴を今にも上げそうになる肉体に鞭を打つ。


 本当は、今にも折れてしまいそうだ。実際に折れてしまったほうが楽だろう。


 それでも、止まってはいけない理由が、ある。贖罪は、何も終わっていない。


「舐めるな、ですか」


 舐め腐った顔を貼り付けていたデスモニアの顔に吸血鬼らしい嗜虐の色が浮かぶ。


「億分の一の確率でも私に敵う可能性はない。人間如きが」


 騎士が動く。歩くたびに軋む音が上がる。距離は、十分すぎるほどに詰まる。


「終わるわけに、いかないんですよ」


 生身の部分は狙えない。後ろに回って膝の裏を狙う選択肢を取ればあの炎を撃ってくれと促す結果になる。それは確実な敗北に直結する。


 だから、晒されている目に刃を突き立てることを選ぶ。


 当たるかどうかは完全に賭けだ。命中すれば、少なからずこの状況を有利に運べる可能性がまだある。糸場に希望を託すことが出来る。


 そのはずだったのに、伝わってきた感触が、貴船の希望を恐怖にすり替える。


 穿った。それは覆しようのない事実。余計に恐怖の火を煽る。


「何?これ…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る