第297話 蠱毒9(羽原サイド)
今にも踵を返そうと青山が背を向けようとしたところで
「それだけは…」
「それだけは、ご勘弁と?」
追いすがる羽原を青山は一瞥し、小さく溜息をつく。
「我々もむざむざと資源を消耗するわけにはいかないのでね。前回の件だけでどれだけの費用が消し飛んだと思っている?市街地の一角を戦場にした挙句に廃墟同然にして復興にどれだけの時間が必要になると思う?犠牲を払って死んでいった者たちが居たと?当たり前だ。それが自分たちの仕事の領分と理解していたのならばな。だが、生活の基盤をボロボロにされた者たちについては知らぬ存ぜぬか?我々は信じ、奉じるものが何一つとして一致していない。信頼関係を作れないで共同戦線など夢のまた夢だ」
「全てが灰燼に帰すことになるとしても?あれだけの光景を目の当たりにして火の粉は自分にも降りかかるとは思われないんですか?」
先ほどまでの熱が籠っていた言葉とは対照的に冷め切っている。羽原自身もこのような声音が自分の口より漏れ出たるとは思いもしなかった。
「焼き尽くすことになるだろう。誰の目から見ても明らかだ。ただ、これまで自分たちが為してきたことを思い返してみるといい。
取り付く島もないとはこのことかと羽原は下唇を噛む。滲む血の味すら感じることが出来ないほどに生きた心地がしない。
「先にも言ったとおりに、私が重んじるのは国益のみ。そちらが自分たちの価値を示すことが出来るのであれば、やぶさかでない」
何処で息継ぎをしているのかと突っ込みたくなるほどの勢いで口走った青山はわざとらしく顎に手を当てる。
「でもまあ、貰えるものは予めもらってるので…」
先に続く言葉を切って羽原へとボールを投げる。自分で言え、考えろと言葉に秘められているようだ。
「我々の進退を委ねろ?そう仰るつもりですか?」
「逆に尋ねるが、それを除いて何をベッドできる?」
畏まっている羽原を尻目に青山は頭の先から爪先までふてぶてしい。黙りこくっている頭上に容赦なく雨霰と豪雨が降り注ぐ。
「自分たちの価値を正しく理解しておくことだ。交渉の席に立つならば敵の事だけでなく己のことも」
声高々に宣言し、今度こそ青山は立ち去ろうと襖に手をかける。遺された時間は10秒にも満たない。ドクン、ドクンと鼓動で視界が揺れる。
―考えろ。考えろ。
自分に言い聞かせる。まだ見落としている何かがあるかもしれない、これまでの会話の中に活路を見出すことが出来るチャンスがあるかもしれないと。だが、ショートしてしまうほどに頭を回したところで相応しい答えは引っ張れない。だから、自分に残されている最後の手段を切る。
「…力を貸してください」
羽原は畳に膝をつき、土下座をした。それこそ額を押し付けた。自分より年が10以上も離れた存在に頭を下げたのは生まれて初めての経験だった。
「今の我々に満足な戦力が残されていない。奴らが未だ本気を出してくればとても防ぎきれない。だとしても、私はここで終わりたくはない。こんなところで、何も守れずに終わるなど到底納得など出来はしない‼」
ギリギリと歯が軋むほどに力を込め、再び気を吐かん勢いで口を開いた。痛む額のことなど気にしていられない。青山は呆れ交じりの表情で頭をポリポリと掻き、大きく溜息をつく。
「ここまでしつこいとは思いませんでしたよ。あの
ひとしきり感想を述べ、青山もまた膝を折る。
「進退についてはまた後ほど。今は眼前の敵を滅ぼすとしましょう」
「それではっ‼」
今しがたまで絶望ギリギリともいえる表情を浮かべていた羽原の顔に一筋の光明が差し込む。
「共同戦線といきましょう」
望んだ言葉を手にし、羽原はようやく生きていることを実感した。
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