第294話 蠱毒6(エウリッピサイド)

 クイッと人差し指を上げると甕に収まっていた鮮血がエウリッピの口へと流れ込んでいく。ゴク、ゴクと音を鳴らしながら飲み下す姿、艶やかに光る唇から漏れる吐息は高カロリーであると誰にでも理解できるものだ。


「いい飲みっぷりですね」


 ガネーシャがドアの前に仁王立ちしている。肩で切りそろえた薄い桃色の髪に抜身の剣を思わせる怜悧な青い目、赤と白のアシンメトリーの軍服がしっかりと体にフィットしている。堂々とした姿は騎士と名乗るに相応しい。


「レディの食事中にノックもしないなんて無礼ですね」


「何度もしましたよ」


「それは失礼」


 軽く謝罪の言葉を口にするとエウリッピは無駄な話題は必要ないと単刀直入に呼び出した理由に切り替える。


「頼んだ物は持ってきていただけましたか?」


「こちらに」


 ガネーシャは脇に置いていた甕の一つを持ち上げてエウリッピの前に置く。大きさは180cmに迫る背のガネーシャの半分はあり、持ち上げるなど到底不可能なほどに重量が存在している。


 蓋を外すと波々と満たしてトロン、トロンと揺れる銀色の液体は煮詰めたシチューを思わせる。満たす液体は侵入者迎撃システムである爪の生成を行うための素材マテリアルだ。自律兵器としての運用する際に多量の血を用いているためエネルギー源としてはとても有用だ。


「臨海方面の守りは全て停止してしまいました。よろしかったのですか?」


「問題ありませんよ。奴らはその区画しか知りませんから。寧ろ、死地に入り込んでくれたほうがこちらとしては助かりますよ。ガス抜きには丁度いい」


 口にしつつエウリッピはガネーシャが目の前に存在しているにもかかわらず纏っていたドレスを丁寧に一枚ずつ脱ぎ、纏めていた髪を解いて導器ミーセスを手に取る。女性の裸体を目の当たりにしながらガネーシャは眉一つ動かさず、当のエウリッピも口を開かない。両者とも静かに仕事に取り掛かる。


「策は既に用意してある。そのように解釈してよろしいですね?」


「そのように解釈していただいて結構です。説明しないことについては恨まないで下さいよ?」


「問題はありません。自分はあくまでも義務を果たすだけですので」


 淡々と冷え冷えとした彫像のような顔でガネーシャは決まりきった答えを返してくる。待ち望んだ言葉にエウリッピは眦を細めた。


「頼もしい言葉で何よりですよ」


 安堵の笑みを浮かべ、エウリッピは晒された左乳房の上に導器を突き立てる。


「醒めろ。死蟷螂・臨界突破エンプーサ・オーバーロード

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