第133話 結解21(エウリッピサイド)

 ズブリと肉を抉る音が鳴り、ボタボタと傷口から血が流れる。だが、床に落ちるはずの血は、途中で止まって宙に浮く。姫川の体も以下同文だ。


 不定形な形を取った血は不定形なオブジェクトのような形を取っている。大元の姫川の目には光が宿っていない。まるで幽霊のよう。


 今から、何が起きようとしているのか分からない。それでも、目の前で起きている現象が自分にとって有利な状況ではないと本能で理解できた。


 早々に姫川を仕留めようとトリガーを引くが、全て宙に浮く血によって防がれる。しかも、弾丸は防いだ血の壁に取り込まれ、泡立って溶けていく。


「ねぇ」と姫川が口を開く。ギョロリと擬音を付けたくなるほどに機械的な動きをした虚ろで、何処を見ているのか分からない目。開く口は、完全に本人が動かしているとしか思えない。魂が抜け落ちているように見えて仕方がない。見ているだけで恐怖を掻き立てられる。


「女の子のお召替え中は、待つもんだよ」


 宙に浮く血が少しずつ一点に集中し、剣の形を取る。形状はカルナが使っていた長剣と同サイズのもの。


「私は舞踏会をしに来たわけじゃないですから」


 持っていた銃を二丁とも抜き、姫川に向かって発砲する。


 しかし、一点集中していた血が薄く展開されて放った弾丸は次々に防がれる。さっきと同じように弾丸は溶けていく。


 無駄だと判断し、攻撃を中断する。リロード作業をし、次の攻撃の準備に移る。


「無駄だって、理解できた?」


 直後に澄んだ赤い色をしていた長剣が内側から塗料を抽出したかの如く色を帯びる。続けて表面からドロッとした粘性の液体が滴り落ちる。触れた矢先に床が溶けた。


「物騒極まりない剣ですね」


「命を奪うものは漏れなく物騒な物だよ」


 鞘はなく最初から抜身の状態だ。鈍く光る銀色の刀身、柄には黒い布が巻かれている。戦端が銛のように尖っているところを除けば、通常の剣と同じだ。

 違うのは、刀身に独特の滑りがあること。先端から落ちた雫がまた床に穴をあける。酸かアルカリ、未知の物質かはまだ判別がつかない。


「それが貴女本来の武装ということですか?」


「奥の手ってところだよ」


 構えて、姫川は長剣を逆袈裟に振り抜く。生まれた衝撃によって舞い上がった書類やオブジェクトから煙が上がる。当たったら危険であるということはすぐに理解が出来た。


 回避すべく転がって銃撃を仕掛けるが、今度は花弁を思わせるシールドによって弾丸は防がれる。硬質な物質なのかぶつかった弾丸は先端からへしゃげた。


「無駄だって」


 盾が変形し、先端から勢いよく液体が噴射される。触れた矢先に床から煙が上がり、触れた机の脚が次々に溶けていく。まるで鍋で具材が浮き沈みしているような光景だ。


「足が無くなれば、少しは大人しくなってくれるかな?」


「日の元を歩けなくなるのは、困りますね」


 前置きをして、姫川が溶解液の水面を跳ぶ。反射的にエウリッピは背を向け、撤退の一択を取った。廊下に出ても姫川の追撃は止まらない。殺すまで逃がすつもりはないということだろう。


「こんな綺麗な月だよ?これで溶けるなら本望でしょ?」


 溶解液で構成された斬撃が連続で飛んでくる。目視すると、エウリッピは階段を下りて攻撃を回避する。斬撃が当たった個所は抉れて崩れていく。


「逃げてもいいよ?でも、逃げ切れるならね」


 バシャっと音が聞こえ、振り向くと姫川の足が迫っている。避けると、今度は壁の

一部が吹き飛んだ。


「ちっ‼」と舌打ちし、逃げることを中断してエウリッピはアルジャオニュによる迎撃に切り替える。だが、武器のスペックは一々比較するまでもないほどの差がある。


 触れた矢先に、アルジャオニュと剣が触れた箇所から煙が上がる。しかも、少しずつ液化が始まっている。


「本っ当にいい武器持ってますねぇ‼」


「あげないよ?オンリーワンはその持ち主の元にあるからこそ価値があるわけだからね」


「別に欲しいとは思わないけど、興味は鰻登りですよ」


 ギチギチと鍔迫り合う。姫川の方が勢いは圧倒的に有利で、この膠着状態もすぐに崩れてしまうことは想像に難くない。


「そりゃそうだよね。こんな人間離れした力を見せつけられたら」


「私たち寄りの力ですからね。さて、貴女は何者ですか?」


「名乗るほどのモノじゃないよ」


 直後に、姫川が展開していたシールドの一つがエウリッピの頭上に現れる。


「死人に何を言ったところで、覚えてられないから意味なし」


 花弁の中央が狭まる。ガードを一切許さないウォーターカッターの構えだ。今にも発射されそうな勢いだ。


「タイムって言ったら、待ってくれますか?」


「待ってあげられるだけの理由を7秒以内に言える?ボクが納得可能な理由でね」


「それは無理な相談ですね」


 アルジャオニュを捨て、エウリッピは下に続く階段に飛び降りる。下が一応見えるとはいえ、飛び降りてみると迫る床は途轍もなく恐ろしいものとして映る。


 真横に、溶解液が落ちる。それがエウリッピの居る右側に迫って来る。余りにも執拗な追撃に流石の彼女も面食らった。


「なら、ボクにとっては殺さないという話が無理な話だね」


 睥睨しながら、姫川は言う。


「安心していいよ。すぐにかせてあげるから」

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