第109話 女王17(九竜サイド+天長サイド)

「うおおおおお‼」


 叫び、オレは手にした死不忘メメントモリを上段に振り上げてサードニクスに襲い掛かる。傷は痛むが、意外なことに振るうことが出来ている。躱されたことを確認すると逆袈裟を仕掛けるが、これにも対応される。


 次はサードニクスの攻撃…というところで阿慈地あじちが水平斬りで間隙を縫う。オレだけではなく彼の方にも注意を払っていたサードニクスは直撃を免れる。更に姫川が攻撃を被せるが、三重の攻撃だったにもかかわらず、対応してのけた。

 切れた頬から僅かに出血する。


「なるほど。確かに、あの男は侮れないらしい」

「思ったよりも面倒くさいね」


 実際に刃を交えている阿慈地あじちは手応えを口にする。そう口にしたものの、彼は今のところ大きなダメージは負っていない。姫川も同様だ。


「やれやれ。大立ち回りも苦労するな」

 対するサードニクスも同じだ。戦闘が始まってからダメージを負っていない。


「前みたいに本気でやれよ」

 動揺が表層に現れないように、努めてオレは冷静に問いかける。


「余計なことは口にしない方がいいよ」

 オレとサードニクスの間に姫川が割って入る。


「虎の尾を踏んで、対応が出来るのか?」

 金剛力士像を思わせる力強い目で睨まれる。実際に目に見えるわけではないが、気が実在するなら阿慈地あじちの体からは凄まじい気が湧き出ているだろう。


「邪魔だ。でくの坊。テメェに興味ねぇんだよ」

 棘を含んだ言葉でサードニクスは噛みつく。


「邪魔であろうが何であろうが結構。これが我らの仕事である」

 静かで、力強い声音がオレの耳朶を打つ。


「難儀なことだな」

「困難なことであれ、我らは務めを果たす」

「そうかよ。なら、望み通りにしてやる」

 ついさっきまで、抜こうとしていなかったレイピアをサードニクスは抜く。

 目撃した瞬間に、オレは声を張り上げる。


「あれを直ぐに奪ってください‼」

「言われるまでもなく、そのつもりだ」


 大刀を構え、阿慈地は飛び出そうとする。

 しかし、真横から吹き荒れる熱風が彼の足を止めた。肌の水分が一気に抜けてしまうのではないかと思えるほどの強さで、顔を手で覆ってしまった。


「遅えんだよ」

 サードニクスはそう口にすると、あのときと同じように、腹部にレイピアを突き立てた。


                   ♥


「お待たせしました」


 声が聞こえると同時に、繭が破れて内側を満たしていた水が辺り一面を汚す。弦巻葵が見せた事象と同じ現象と理解するのに時間はかからなかった。だが、報告にあった時間よりもラグが短い。


 エウリッピ・デスモニアが短く息を吐くと、気温が上がった気がした。実際に上がっているのだろう。影響されてか天長あまながの体温も釣られて上がっている気がする。

 それを裏付けるように、姿形も変わっている。


 最初に見せていた深紅のドレスとは対になる白い修道服を思わせる服に変わっている。内側は宇宙を思わせる神秘的な紫色で、見た目と釣り合っているように見えない。下がスカートタイプではなくガーターベルトタイプのパンツになっているのは趣向の問題だろう。

 何よりも目を引くのは、風も何も吹いていないにもかかわらずローブや衣の裾が揺らめいているところだ。周囲の温度が上昇していると感じたことの根拠だ。

 得物も剣から銃に変化している。サイズは、デストロイと同サイズ。彫られているレリーフは戦闘には特に関係ないだろう。

 一言で表すなら、愛を謳いながら死を撒き散らす矛盾だ。


「待っていませんよ」


 ハンガーダークの砲口をエウリッピに向け、トリガーを再び押す。だが、砲弾は本体どころか衣に触れる前に消滅する。


「無駄ですよ。もう、私には何も届かない」


 切断されたはずの右手の人差し指を突き立て、わざとらしくアピールする。


「その能力、致命傷であっても治せますか」

「お試しになられたらどうですか?刃と弾丸が届くと思うのなら、ですけどね」


 間を取った物言いには余裕が感じられる。いや、余裕というよりは、傲慢と言った方が的確か。


「そこまで言うのなら、動くな。喋るな」

「祈りぐらいはよろしいですか?」

 妖艶な輝きを帯びる赤い瞳と唇には、死への恐怖など感じられない。


「どれだけ皮を被ろうが、どれだけ言葉を述べようが、ただの化け物ですよ。その事実は何も覆りません」

 ハンガーダークの変形機構を起動させる。砲身に取り付けられていたブレード部分が伸び、砲口を包み込む。


「人と化け物。そこの区切りは何処でしょう?」

 次の攻撃に移ろうとしている天長あまながに合わせるようにエウリッピも銃を構える。更に銃口に法衣と同じ紫色のエネルギーが集約していく。

 そして、ゆっくりと体が宙に浮いていく。


「知りませんね」


 天長あまながは問答に答えることはなく、前に出ようとしたところで足を止める。溜めたままの銃口が気になったからだ。


「どうしました?」


 躊躇っている間にも銃にはエネルギーが集約している。全体が紫色の光が帯び、周辺の温度がまた上がったように感じた。


「総員退避してください」


 無意識に口にしていた。顔を伝う気持ちの悪い汗は、勘違いではないだろう。

『了解』と通信機越しに阿慈地あじち、姫川の声が聞こえた。目を周りに向けると全員が撤退の用意に入っている。


「あと少し早かったら、私を止められたかもしれないですね」

 赤く縁どられた唇が上がると同時に、銃弾が発射される。淡く光っていた銃身に対して銃弾は強い光を放っている。まるで妖星の如きだ。


「滅べ」

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