第107話 女王15(九竜サイド)

 混沌とした状況を目の当たりにして、オレは生きた心地がしない。

 倒壊した第三支部、伏した葵と苦悶に悶える吸血鬼、対峙するドレスの吸血鬼と中央のグループ。率いているのは、確か天長あまながという男だ。


「確か、君は…」

 オレの姿を目にすると天長が無意識に口を開いたため、「九竜くりゅう」と答えた。


「自分も戦わせてください」

 呼吸を整え、オレは彼らの後ろに付いた。

「いいですよ」

 逡巡することもなく天長は答える。


「どのように?」

 オレが加わったためか副官と思われる人物が天長に声をかける。


「私があのドレスと戦います。残りは他の吸血鬼を殲滅してください」

「ボクもやるけど構わないよね?」

 短く、天長が命令した直後に姫川が口を挟む。天長が言葉を口にしようとしたところで更なる乱入者が整えられ始めた状況を破壊する。


「俺がいない間に面白そうなことを始めるなよ」

 再び、バルカ・サードニクスと鉢合わせする。


「おっと、見覚えのある顔があるな」

「1時間もしないうちに再会するなんて思わなかったよ」

 お道化た態度を取るサードニクスに対して姫川は淡々と言葉を返す。


「わざわざ殺されに戻るとはな」

 サードニクスはレイピアを抜き、姫川は背中に仕舞っている剣を抜く。形状を見るにエクスキューショナーズソードと呼ばれるものだ。オレも不死忘メメントモリを抜く。


「因縁でもあるの?」

 オレたちの間にある只ならぬ空気を見て取った姫川が問いかける。

「チームメイトを…殺されました」

 怒りに呑まれてしまいそうになって、柄にかけた手に力を入れる。この状態ではまともに太刀を振るうことなど出来ないと分かっていながらも力が抜けない。


「そうなんだ」

 下手に同情せず、共感もせずに姫川は言葉を返す。


「力を入れすぎてはなりませんよ」

 先ほどの副官と思われる人物がオレの隣に立つ。


 長い黒髪と穏やかそうに見えながら何処か獰猛な雰囲気を醸し出している糸目、鍛え抜かれていることが分かる巨躯。身長は2メートルに迫るか超えるか程の大きさを誇っている。目を見開いたときの威圧感は想像がつかない。

 黒のスーツに紺色のプロテクターは共通の装備だ。既に抜刀状態にある大刀を握る姿はさながら武蔵坊弁慶、金剛力士像、地獄の番人と形容しても差支えはない。


「敵を憎むは当然のことですが、呑まれてしまえば死ななくても良い者までそこに送ることになってしまう」

 耳に入る穏やかな声音と文句は説教をする僧侶の話のように聞こえる。不思議と今にも暴発しそうなところだった激情が鎮まっていく。


「すみません」

 一息吐いて、礼を述べる。強張ってばかりだった体の力も抜け、普段通りのコンディションに戻った。

「では、始めましょうか」

 先ほどまでの穏やかな声音とは違う、臓腑の奥まで響いてくるような声で彼は命じた。

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