第102話 女王10(橙木サイド+エウリッピサイド)
「
真理を庇うように立つ姿は、これまでとは違うように見える。
振り向いた彼の顔は鋭い。ほんの数カ月前まであった甘さは、見られない。
「大丈夫ですか?」
顔を向けずに九竜は問いかける。敵が眼前にいる以上は当然の振る舞いだ。
「大丈夫」と答える。実際には背中を強打している上に首と頭を集中攻撃されたせいでひどい頭痛に見舞われている。しばらく戦える状況にはない。歩くだけでもしんどいだろう。
「一旦休んでいてください。あとは、自分がやります」
一歩を踏み出す。彼が歩む姿は、まるで自分よりも先に行ってしまうかのように見えた。
♥
殺意が膨れ上がる。目の前にいるサードニクスの姿を目の当たりにするやオレの内に芽吹いた果実は破裂寸前にまで熟れている。
「お前を殺す。確実に」
自分でも出るのかと思えてしまうほどに低く、機械的な言葉が零れた。
小紫が死んだときのことを思い出すと、今にも自分の全てが激情の沼に飲まれそうになるため、この言葉によって意識が辛うじて繋ぎ止められた。
「出来ないことは言うもんじゃないぜ?」
剥き出しの殺意、敵意をぶつけられてもサードニクスは微動だにしない。余裕ぶっこいた顔に心底腹が立つ。
「俺がお前を殺すのは、実現可能だろうがな」
レイピアを抜いてサードニクスはオレと会敵する。それに合わせるように
数カ月しか使っていないのに、ずっと使っているかのように手に馴染んでいる。
「ほぉ?それはあいつのか?」
刀身が露になった太刀を目にしたサードニクスは目を見開く。心底驚いたというような顔だ。
「だったら何だ?」
オレの問いかけにサードニクスの目が鋭くなる。
「使いこなせるのか?」
「何故、そんなことを気にする?」
「
殺しておきながら、偉そうに物言う態度にオレの激情のメーターが一気に高まる。 柄を持つ手がカタカタと音を立て、震える。
「だとしても、お前に何言う権利はない」
中段に構えた
「勝者としての意見だ」
返答代わりに死不忘を横一文字に振り抜く。
「話を最後まで聞かないのは無礼じゃないか?」
「不快な話を聞かされるのは、どんな気分だと思う?」
「ぶち殺したい、かな?」
サードニクスの口角が上がるのと同時に、オレの怒りが振り切れた。
「初めて意見が一致したな」
♥
象徴の崩壊。物理的な被害以上に精神的な被害の方が酷い。この状況で動くことが出来る者たちがいるとすれば、鋼の精神力の持ち主、或いは、一物を抱える者だろう。
もう立つ気力さえ消失したカルナをグラナートが連れ去ろうと体を抱えようとする。この光景をエウリッピは感慨深げに見つめている。
―やっと、終わる。
1つの願いが叶うというのは、ここまで胸が熱くなるものかと思わずにいられない。500百年以上を生きてきた中でこの感覚は久方ぶりだ。
しかし、今まさにグラナートがカルナの体を抱えようとしたところでエウリッピはすぐ近くに迫る何かの気配を感じた。
轟音。恐らくは大型車両。つまりは、増援だろう。
エウリッピはヴェローナから受け取った両刃の剣『アルジャオニュ』を抜く。表面に刻まれた百合の花の紋様が月光を照らす。
「グラナートは下がって」
一言だけエウリッピは主たる少女に告げる。ただ、相手が耳を貸さないという予感は、考えていた通りに的中した。
「折角の外なんだよ?もっと楽しませてよ」
不敵な笑みを浮かべながらグラナートは言う。以前の彼女ならば許可は出しただろうが、今の彼女に出すつもりはない。
「ダメよ」
睨みを利かせ、きつめの口調でエウリッピはグラナートに詰め寄る。
「どうしてよォ?」
頬を膨らませて、ブー垂れながらグラナートは文句を言う。見ている者たちにしてみれば可愛らしく見える光景だが、説得しているエウリッピからしてみれば気が気ではない。天国から地獄へ突き落されるというのはこのような状況を言うのではないだろうか。
「時間が近いの。分からないわけじゃないでしょ?」
制限時間。今のグラナートは満足に戦うことが出来ない状況にある。
「すぐに殺すからァ‼」
毅然と前に出るエウリッピの言葉に強く反発する。今にもドラグラングを振り抜いてくるのではないかと思えてしまうほどの迫力だ。
しかし、それを許容できない。
ようやく、ようやく願いが叶うのだ。
車両がいくつも停まり、ぞろぞろと大量の兵士が飛び出す。
全員が揃って黒のスーツに紺色のプロテクターにゴーグル、ヘルメットの装備だ。基本的に全員がアサルトライフルで武装を固めている。
「ダメなものはダメなのよ」
迫り来る敵を前にしてエウリッピは構わずにグラナートの説得を続ける。更に言葉を重ねようとしたところで、エウリッピの頬に鋭い痛みが走った。
叩かれたのは、いつ以来だろうと場違いのことが頭をよぎった。
「いっつもそう‼何でみんな揃ってわたしを閉じ込めるの⁉」
金切り声は、余りにも悲痛な叫びだ。胸が切り裂かれるなんて言葉では、表現できない。
「ごめん」と短く告げるだけで手一杯だった。
罪に向き合う意識を持っているつもりだった。
それなのに、いざ目の前にすると言葉が出ない。
唇は、動かない。
躊躇っているうちに、グラナートは勝手に飛び出す。気が付いたときには、既に敵の只中だ。
痛みと絶望の叫びが、血と鉄の臭いが充満していく。
雨が降るように、草が生えるように、慣れ親しんだものが降ってわく。
「…仕方ないか」
エウリッピもアルジャオニュを片手にグラナートの後に続いた。
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