第98話 女王6(葵サイド)

 偽物、変装、死体。

 真っ先にその可能性が浮上する。


「偽物…そう思ってる?」


 見透かされたと思った。

 考えてみれば、真っ先に至る可能性だろう。だが、動揺に動揺を重ねた精神状態では、たったそれだけのことに震える。


 ニンマリと笑い、クルリとグラナート・アラトーマはマントの端を掴んで一回転する。ドヤァと擬音を付けたくなるほどのドヤ顔を見せつける。


「本物。本物なのよ‼」


 優雅に一礼し、グラナートは口を開こうとしたところで、葵が先に口を開く。


「…何で?」


「生きている?」と問いかけようとして、口を閉じる。そんなことを問うことが嫌だった。


「お互いに元気そうで良かったね~」


 相変わらずの無邪気さ。悪い言い方をするなら何も考えていないという言葉が当てはまるだろう。


「元気…?」


 何を見たら、そのような言葉が口に出るのか分からない。


 グラナートの目には、何が写っているのか問いたい。


「そうそう」と葵の震える声音とは正反対に明るい声音でグラナートは答える。


 2人の重ねてきた時間の差が如実に表れている。


「でも」と口に出しながらグラナートは地面に突き刺さっているドラグラングを持ち上げる。


「あんまり強くはなってなさそうだね」


 ドラグラングに描かれた紋様のドラゴンのようにグラナートは鎌首を擡げる。さっきまでのドヤ顔は消え失せ、翠眼はぎらついた眼光を放っている。


「ほら、構えなよ」


 葵の腰に下がっている導器ミーセスグラナートが指さす。

 釣られるように言葉に従う。

 露になった赤い刀身が彼女へ向く。


「1つ、聞かせてくれ」


 自分が喋っているのに、自分が発した言葉だと思えない。それぐらいに言葉に力が入っていない。しかも、喋る内容が全く思い浮かんでいない。


「何?」と柔和ながらも何処か獰猛さを滲ませた笑みで応じる。


「姉さんは、アタシのことをどう…思ってる?」

 予想していなかった質問だったのかグラナートは目を見開いてポカンとしている。直後に大きく口を開けて笑う。


「分かり切っていることを聞くのね‼」


 指先で目じりに溜まっていた涙を払い、口腔から犬歯が覗く。


「大好き、愛してる。これだけじゃ満足してもらえない?」


 ハグでもするようにグラナートは両手を広げる。

 聞き心地の良い声音が聞こえる。容姿も合わさって天使と錯覚しそうになる。


「だから、始めよう?」


 抑えきれないとばかりに、姉さんが、いや、グラナートはドラグラングを振るう。


                 ♥


 ドラグラングを振り抜くと同時に鎌鼬と形容しても差し支えない突風が吹き荒れる。尤も空気の乱れは問題なく読めるため身を翻し、屈みながら回避する。その度に轟音を上げて地面が抉れる。


「はあああああああ‼」

 掛け声をあげながら葵は導器ミーセスで突きを仕掛け、グラナートがドラグラングを構える。このまま突っ込めば、烙蛇おろちと同じように破壊されることになる。

 武器を失うことを避けるために、葵は柄に左手を添えて突きから袈裟斬りにモーションを変更する。


「へぇ…」

 焦ることなくグラナートは半歩下る。

「逃がすか‼」

 叫んだ葵は距離を詰め、更なる攻撃を仕掛ける。


 突き、払い、斬撃、体術。

 ノーモーション、次に何が繰り出されるのか分からないはずの連撃。だが、グラナートは慌てずに焦らずに攻撃を回避する。


 ならば、と葵は九竜くりゅうに仕掛けたときと同じように導器ミーセスを投擲する。言うまでもなく外れたが、空ではモーションがどうしても遅くなる。攻撃手のほうが有利だ。


 足に力を込め、葵は一気に飛び出す。衝撃で石畳の一部が砕け散る。


 未だ宙を彷徨っている導器ミーセスを手に取ると、グラナートの眼前まで一気に距離を詰める。


 しかし、この絶望的な状況のはずでも、彼女は笑っている。

 まるで、これまでの攻撃、この手すら読めていたと言わんばかりに。


 それを証明するように、グラナートは反撃に出る。


 下から拳が迫り、顔を上げる。拳が空を切る。

 目視があと2秒遅れていたら、顎の骨をまとめて砕かれ、頭は割れた柘榴のようになっていただろう。


 嵐の如き連撃が終わったと見て取ったのかグラナートは躍るように後ろへ下がる。


 余裕。グラナートの顔は在りし日と変わらない。


 焦燥。葵の顔には正反対の色が浮かんでいる。


 何故、攻撃を仕掛けてこないのか。頭の中を疑問が埋め尽くす。


 反撃する隙を与えるつもりなど毛頭なかったが、どれだけ全力を尽くしても切り返しの際に少なからず隙は生まれる。その瞬間を突くことは、グラナートであれば不可能ではない。


「何で反撃してこないか。そう思ってる?」


 グラナートの言葉を葵は無視する。


「面白くないんだもん。つまらないんだもん。楽しくないんだもん。ワンサイドゲームなんて柄じゃないもん」


 否定の四重奏カルテットが飛んでくる。無駄に響きがいいだけに激情と感心が同時に降ってわく不思議体験だ。


「じゃあ、どうしたらいいって話になるよね?」

「アタシに一撃で斬られたら退屈はしない」

「それじゃあ、楽しめないじゃん?たまにはやられ役ってのも悪くないかもだけど。けど、曲がりなりにも女王様なんてやらされているわけだからさ。そうもいかないんだよね」


 自分の言葉が面白かったのか口元に指を当てて笑っている。


「やっぱり、王は姉さんが…」

「うん。殺したよ」


 ここにグラナートが現れた時点で察していたことは事実だったようだ。

 しかしながら、それだけの大事を犯しておきながら何とも淡白な反応だ。聞き取れる声音は少しばかり楽しそうではあるが。


「当然だよね。わたしの宝物に手を出そうとしたんだから」

「その割に、今現在アタシを殺そうとしているんだから随分な矛盾だ」

「矛盾じゃないよ?戯れているだけだもん」

「アタシは遊ぶつもりはない。立場が違うからね」


 そう告げると、グラナートの顔から微笑が消える。


「ふーん。じゃあ、言葉通りにしようか」


 これまで全く手を着けていなかった導器ミーセスにグラナートは手を伸ばす。


 それを妨害しようと葵はデストロイによる銃撃で妨害しようとした。向こうにいたときに銃は全く使っていなかったことからこれは読めないだろうと踏んだ結果だ。

 役目を終えたと言わんばかりに葵はデストロイを投げ捨てると、導器ミーセスを抜いて足に力を込める。グラナートが銃弾を弾いた瞬間に一気に勝負をつける算段だ。


「意味ないよ?それ」


 グラナートは吐き捨てると、半歩退いていた足を前に進める。銃弾など衣服に纏わりつく棘以下の存在と言わんばかりに、彼女は抜いた導器ミーセスで空に『X』を思わせる模様を描いて攻撃を仕掛けてくる。威力を鑑みると防ぐのはとても利口とは言えない。


 吹き荒れる暴風から逃れるように葵は飛び上がって死神の鎌から逃れる。下に目を向けると既にグラナートの姿はない。


「こっちだよ」


 声が聞こえたときには、眼前に彼女がいた。直後に左拳が襲い掛かって来る。


 防ごうと咄嗟にガードをしようとするが、間に合わずに顔に拳がめり込む。感触的に頬骨に罅が入った。


 落下エネルギーが加わって体が地面に突っ込みそうになったところで、手足を広げて着地する。轟音と共に衝撃でグラナートが着地したときと同等の罅が発生する。


 空に身を置いているグラナートを狙うのは難しくない。

 それでも、使うチャンスはここを逃してしまったら二度と訪れないだろう。

 考えている余裕などない。している間に、全てが終わる。


 躊躇うことなく、葵は導器ミーセスを自分に刺した。

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