第96話 女王4(橙木サイド+九竜サイド)
白昼堂々という表現は太陽が出ていないこの時間に使う表現ではないかもしれない。ただ、事態はそう表現しても過言ではない。コンピューターウイルスにシステムをあっという間に食い尽くされるように居城が敵の手に落ちたのだ。そして、只中にあった者たちの中で逆らった者は例外なく無残な姿を野に晒し、生き残った者たちは現在進行形で入口の前に人質として一塊として留め置かれている。言うまでもなく最悪の状況だ。
「はぁ…」と一際大きなため息をつくと真理は指示のあったビジネスホテルに足を踏み入れた。ここで
急いで階段を駆け上がると屋上にほど近い部屋の前で立ち止まり、扉を最初に3回、少し拍子を作ってから2回、最後に4回ノックする。予め通達にあった内容だ。
部屋に入るとスーツ姿の男が1人控えている。見た瞬間に自分の顔が引きつったのが一瞬で理解できた。
「口を開いていないのに、顔だけで表現するとは器用じゃないか」
肩まで伸びた艶のある黒髪に物憂げな垂れ目と泣き黒子。前髪に入れた金色のメッシュはいかがな物かと思うが。
鍛えられた体は程よく引き締まっている。身を包むスーツをきっちり着こなしている姿は女性受けがさぞかし良いことだろう。着崩したらそれはそれで色気を振り撒くことになることは想像に難くない。
可能なら無視したいところであるが、階級が上の人間を無下に扱うわけにもいかない。血筋がどれだけ優れていたとしても、肩書という目に見える証明がある以上は大人しく従う他にない。
「お久しぶりです」
自分でも声音に嫌悪の感情が込められているのが分かるほどに隠し切れなかった。
「数少ない血筋同士、少しは仲良くなれんものかな?」
金崎の家もまた橙木の家と同じで古い歴史を持っている。とはいえ、名家の血筋であろうと、長い歴史を積み重ねている家系であろうとも真理にとっては関係のない話である。
「吸血鬼に求婚することを恥じることのない貴方と仲良くするつもりは毛頭ありません」
根幹にある理由は違う。
シンプルに、この男が嫌いだ。何もかもが肌に合わない。
無駄に自信に満ちたところ、自身を打ち負かした相手に勝とうという姿勢を見せないところ、負けたことを恥と思っていないところ。そんな相手と仲良くする道理はない。
「おや?随分と狭量なことを言うのだね。そんな彼女に使われる身であるのに」
自分の中で何かが弾け、胸元に手が伸びそうになるが、こんなことをしている場合ではなかったと自分を抑え込む。
「状況はどうなっていますか?」
話を切り替えると金崎はポケットから端末を取り出して確認を始める。
「フロアは1階から最上階まですべて占拠されている。どういう訳か地下は全くと言っていいほどに手を加えられた痕跡がなかったがね」
「どういうことですか?」
反射的に尋ねてしまった。
案内板には地下の存在は明記されている。そもそも近代のビルディングに地下が無いと考える方が不自然な話だ。侵入しないということはまずないだろう。
「言葉通りだよ。それがこの証左だと思うがね」
仰々しく金崎が手を広げる先には『屍喰』を除く
ヴァルキリーを受け取って細部を確認すると特段手を加えられた様子がない。
重さ、手触り。手に取ってみても違和感は感じられない。細工をされた形跡は見られなかった。
「どういうこと?」
疑問が口をついて出る。
ー舐められているからこんな真似をされているのか?それとも、別の目的があるから敢えてこのままにした?
「私も知りたいところだよ。ただ、まるで情報がない」
「ここまでの経緯は?」
外に出ていた真理には現状に至るまでの情報がまるでない。もしかしたら、この不可解な状態を打破するヒントが隠されているかもしれない。
羽狩には表向きの監視カメラがあると同時に隠しカメラが床や壁、多数のオブジェクトに設置されている。いくら吸血鬼でも襲撃の最中に細かく確認できるとは思えない。
「残念ながら警備室は荒れに荒らされているよ。中央に保管されているデータを取り寄せようにもすぐにというわけにはいかない」
「そうですか。では、直ぐに行きます」
これ以上部屋に留まって居たくなかった真理はヴァルキリーを持って部屋を出た。
♥
「少しは落ち着きなさいよ」
「すみません」
謝罪を受けた琵琶坂は車が赤信号で停まると後ろから缶コーヒーを取って手渡してきた。元はホットだったようだが、放置されていた影響ですっかり冷え切っている。
プルタブを引っ張るとカチッと心地よい音をたてた。一息に呷ると苦さと冷たさが一気に喉を駆け抜け、鳥肌が立ちそうになった。
「どれぐらいかかりますか?」
「もう少し」
ナビには20時と表示されている。
第二支部を出てから1時間30分ほどが経過していた。スムーズに進めば第三支部まではあと30分も必要ない。
外に目を向けると、辺りはすっかり暗闇の中だ。人の姿は全くと言っていいほどに見られない。
自然と缶コーヒーを持つ手に力が入る。
不安。思わないようにしていても噴き出てくる。
何も知る手段がなく、皆が無事でいるのかどうか知りたくて仕方がない。
「心配しなくて大丈夫よ」
そんなオレを見かねて
「葵は強いし、橙木ちゃんは天才、昼間君は絶対に諦めない。信じるのよ。今はね」
目の端で捉えた琵琶坂の手がハンドルを強く握ったように見えた。
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