第74話 底辺7(九竜サイド)

 気が付いたときには、夜が明けていた。

 時計を見ると4時半。少しばかり早起きだったらしい。

 起き上がるとまずシャワーを浴び、それから制服に着替えた。鏡で見た際に心機一転したと言えるのかは不明だが、いつもより制服姿が凛としているように見えた。

 それから百葉ももはと朝食を食べ、同じ時間に家を出た。いつもより家を早く出ることには当然突っ込まれ、追及をかわすのに一苦労した。


 学校へ行くと1時間目から真面目に授業を受け、何度か眠気に負けそうになるもどうにか乗り切った。

 馬淵は風邪で休みだった。昨日の一件が原因であることは疑いようがない。今度何か奢らなければ失礼に値するだろう。

 学校が終わるとすぐにオレは第二支部に向かう。

 第三支部はここから距離が離れすぎているということから葵が変更してくれた。芥子川けしかわにどのように了承させたのかは分からないが、何となく面倒なことになるであろうことは予見できる。


 到着するとオレは部屋に向かう。全速力で駆け抜けたことで息が上がった。

 呼吸を整えてドアノブを回すと、温度設定に失敗したサウナに足を踏みこんだと錯覚してしまうほどの熱に襲われた。部屋に誰もないことは明白だった。

 熱から逃れるようにドアを閉めると踵を返し、エレベーターを使って地下に向かう。地下実験室にいるであろうことは予想がついていたためそのまま踏み込んだ。


「お早うございます」

 葵と琵琶坂びわさかの姿が確認できたため挨拶をする。それに対して葵も言葉を返す。彼女の手には長剣、琵琶坂の手には太刀が握られている。すぐにでも始めるつもりでいるらしい。

 オレはロッカールームで着替えて荷物を置き、2人の元に向かう。ここで部屋の確認を行う。

 以前橙木とおのぎとここに訪れた時と何も変わっていない。強いて言えば壁と床に傷が少し増えたように見える程度だ。勿論全てを記憶できているわけではないため食い違いはあるだろうが。


「さて、始めようか」

 宣言すると葵は琵琶坂から太刀を受け取り、オレに渡す。役目を終えた琵琶坂は足早に小屋の方に去ろうとする。

「1つ聞いてもいいでしょうか?」

 オレの一声に2人の視線が集まる。

「これのシステムについて何も説明を受けてないんですけど…」

 2人揃って「アッ」と吹き出しを付けたくなる顔をした。ものの見事に忘れていたらしい。危険物を扱わせるのにそんな抜けていて良いのかと突っ込みたくなった。

「新人君が知っている武器と扱いは変わらないよ。使う分には強度も確保されてるから多少は乱暴な扱いをしても問題なし」

 足を止めて琵琶坂が説明に入る。


 オレは新たな疑問を口にする。正確には小紫がサードニクスとの戦いで用いたあの毒素の嵐のことだ。もう1つ、サードニクスが使っていた力のことも知りたかったが、話の論点が逸れそうと判断して次の機会にしようと胸に仕舞う。

「少し早いとは思うけどね」

 琵琶坂が柄に手をかけて一気に引き抜く。

 抜くとあの時と変わらない緑色の刀身が露になる。

「必要なのは、新人君のDNA。下賜ギフトは使い手のバトルパターンに合わせて設定する。だから、今の段階だとどっちも決定していない。だから、今説明や議論をしてもあまり意味はないんだよね。あと、名前…この場合は銘と言った方がいいね。そっちも決まっていないからね」

 名前という言葉を聞いて胸が疼く。

「それは、変えないといけませんか?」

「個人の自由。好きになさい」

 琵琶坂はオレに太刀を手渡す。

 触れることに少しだけ抵抗を覚えて躊躇うこと三度目で手に取った。


 一度振るうだけならば大して問題にはならいないが、連続で振るう状況や早い切り返しが求められる状況になると無視できない問題になる。そして、これから求められることになるテーマは懸念事項として挙げたものになるだろう。

「ゆっくり向こうで見させてもらうわ」

 引き返す途上だった琵琶坂は足早に小屋へ向かっていく。

 葵は長剣を抜く。こちらは何の変哲もない普通の剣だ。どうやら『烙蛇おろち』を使うつもりはないらしい。斬られる痛みはあるとしても、斬られた瞬間に敗北が確定するという状態にならないだけ十分お釣りがくる。

「ルールはありますか?」

「ないよ。何でもあり。戦いにルールなんてないからね」

 トレーニングという名目ながら、実戦を意識した形式。

 殺すつもりでやらなければ、こちらが殺られるかもしれないということ。

 つまり、今この瞬間、宣言した直後に仕掛けたところで文句を言われることもない。

 解釈をして、オレは早速足払いを仕掛けた。

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