第46話 離別3(九竜サイド)

 時間が過ぎるのは早いもので既に時計の針は14時を示そうとしている。


厳島翡翠いつくしまひすいと交流があるんですか?」


 葵が会議で自信満々に言ってのけたことへの根拠だ。小紫こむらさきからは特に何も質問はされていないが、聞いたとしてもはぐらかされることは目に見えている。


「正解ですよ。真理たちも顔見知りではありますけど仲がいいのは私だけですね」


「どんな人ですか?」


「真面目過ぎるいい子ですよ。武闘派になった真理とでも思ってくれればいいですかね」


 気が強いうえに腕っぷしまで強くなった橙木とおのぎなど想像もしたくない。言葉を1つ間違えただけで折檻されるかもしれない。


「だからこそ、逃げたと聞いたときに疑問に思いましてね。それが突発的に起こった事態なのか」


「意図的に仕組まれた事態だったと?」


「あくまで可能性の1つですよ。彼女が所属していたチームはAチーム。成績上位者が集められる精鋭です。簡単に全滅するとは思えませんからね」


「ですが、先日の吸血鬼の件もあります」


「そうですね。彼らと真っ正面からぶつかればその可能性も否定できないです」


 頭の中によぎるのはあのスーツの吸血鬼だ。今にして思えば明らかに手を抜いていたと言わざるを得ないだろう。でなければ、橙木とおのぎとオレは生き残れていない。


「答えはゆっくり求めていきましょう」


                  ♥


 小紫こむらさきは受付に行くと厳島翡翠いつくしまひすいの病室を聞きすぐに病室へ向かった。手には道中で購入したケーキの小箱がある。体の方は既に大丈夫という話を耳にしているからだろう。


 報告通りに扉の前には面会謝絶の看板が掛けられているが、小紫こむらさきは無視して扉を引いた。


 病室はベッドとパソコンにテーブルだけが置かれていて部屋はカーテンが閉められているため薄暗い。ベッドは小さな膨らみがあり人が寝ていることが分かる。


「ひーちゃん」そう小紫こむらさきは呼びかけると膨らみに手を触れて軽くゆすった。


「う…ん…」と小さく声を上げて厳島いつくしまはゆっくりと瞼を開けるが、小紫こむらさきの姿を目撃するや居住まいを正す。


「お…お早うございます」


 無防備な姿を目にされたことを恥じているのか顔が紅潮している。


「先輩が来るなんて…思ってもみなかったです」


「私も報せを聞いて驚きました」


 顔から目を逸らさず、微笑みながら言う。そこから互いに言葉はない。互いに何を言えばいいのか分からない状況だ。


 先に動いた小紫こむらさき厳島いつくしまを抱きしめる。唐突に抱きしめられたことに厳島は目をぱちくりさせる。


「無事でよかったです」


 慰めの言葉をかけられるとは思っていなかったのか、すぐに質問されるかと思っていたのかまでは分からない。


 ずっと不安に苛まれていたことだけは事実だろう。直後に厳島は声をあげて泣く涙は溢れて止まらず、拭う暇もなく零れては小紫のスーツに染みこんでいく。

 ひとしきり泣いて、落ち着くまでに30分を要した。


「お茶でも用意してきましょうか?」


 ここは2人だけの方が良いと判断して出て行こうとした。話をするには精神を落ち着ける必要があるというのが表向きの理由だが、本音は居た堪れないからだ。


「出て行かなくて結構ですよ」


 取っ手に手をかけたところで止められた。厳島いつくしまの状態が落ち着くと小紫は体を離した。


「話は出来そうですか?」


 さっきとは打って変わって小紫こむらさきの質問に厳島いつくしまは答えない。角度を変えて質問を重ねていくが、厳島いつくしまは沈黙を貫いた。遂に面会終了時間に到達してしまい引き上げざるを得なくなった。


「しばらく時間が必要になりそうですね」


「そこまで必要ないと思いますよ」


 今日の状況を見て悲観的な言葉を吐いたオレに対して小紫こむらさきは既に希望の光を見つけているようだ。経験から考えれば恐らく話をできる状態にしばらく出来るとは思えない。


「ま、見ててくださいな」


 小紫こむらさきは呑気な言葉を口にした。

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