第37話 血戦13(九竜サイド)

 自分が何に向いているのかなど正直なところは考えたことはなかった。考えておけばよかったと知ったところで後の祭りでしかない。


 頭の中に存在するのは、連日に渡って多くの者たちから問われる戦う理由、殺す理由の2つ。だが、前者ならばともかく後者の理由など今のオレにはどれほど探しても見つからない。


 ため息が出た。自分がこれほどの事態に遭遇することなど考えたこともなかった。


 誰かに自慢するわけではないが、オレは基本的に悩み事とは無縁の人生を送ってきた。ここにあの事故のことは含んではいない。あれを悩み事などで片づけることは到底できない。


 誰かに相談することも考えたが、そもそも相談できるような内容ではない。基本的に殺したいほど憎いやつがいたとしても実際に殺しにまで発展するケースは少ない。倫理観や罰則への恐怖が先行してアクションを起こさない。仮にそんなことを相談しても諫められる。百葉ももはに相談した日にはグーで殴られる。


 戦う理由は既にあるが、軌道修正をした方が良いかもしれない状況にある。


 ただの自己満足。自分で自分を慰めるだけの理由。自分でも本当は分かっていること。


 今のオレには、誰かのために戦うなどという高邁な理由を声高に叫んだところで滑稽にしか見えない。口先だけでしかない。本来ならば伴うはずの重さが何処にもない。


 無意識に歩いているとショーウインドーに映る自分の顔が見えたが、上梨うえなしのところでしごかれていたときよりも酷い顔に見えた。これまで過ごしてきた時間の中で指折りぐらいに入るほどつらい時間を過ごし、それを乗り越えたという自信とそれに満ちた顔は何処にもない。主を求めて歩き回る野良犬ぐらいに惨めだ。


「何やってんだろうな…」


 乾いた笑みと共にそんな自嘲の言葉が零れた。涙の1つでも流れるかと思ったが、全く流れる気配はなかった。


 アホらしいと思って顔を上げたところで、吸血鬼と思われる者の姿が目に入った。ゆっくりとした足運びで女子高生の後をつけている。


 橙木とおのぎから言われたように、影を見る。


 穴があった。吸血鬼かあっているかを確認するために自分の影と比較する。


 結果、間違いなく吸血鬼であることが、確認できた。


 目の当たりにして、あの日のオレを思い出した。


 連絡は入れておくべきかと思って端末を取り出して一報を入れようとするも手が止まった。


 あと一押しすれば助けを求めることが出来る状況だというのに、押すことが出来ない。見えない何かに腕を押さえつけられているかのように前へ進まない。


 頼っていいのかという思いが手を止める。あれだけ大口を叩いておきながらあの失態。その挽回に至る道を作ることも出来ていないのに縋っていいのか。


 違うとオレは頭を振るう。これはただの意地でしかない。彼らに勝てないことへの対抗心。オレの死で済むのならまだしも関係のない人々を死地に追いやることになる。それだけは、回避しなければならない。


 天秤の針が傾く先は決まっている。


 パネルに番号を打ち込んだ。しばらくして呼び出し音が続き小紫こむらさきが電話に出た。


『どうかしましたか?』


「部屋に誰かいますか?」


『仕事ですか?』


 オレの口ぶりから彼女は何か起きたのだろうと察したようだ。


「はい。見つけたので救援をお願いしたいのですが」


『今みんな席を外しているので少し時間がいると思いますけど…』


「それでもお願いします」


 この言葉を最後に少し会話が途切れた。すぐに準備を始めたのかと思って電話を切ろうとしたところで小紫こむらさきの声が聞こえた。


『人数は?』


「確認できる範囲では1人です」


 吸血鬼と思われる人物は黒いシャツにダメージジーンズを身に纏った若い男だ。体の至る所にピアスやアクセサリーを身に着けている。


『吸血鬼であることの確証はありますか?』


 当然聞いてくるであろう質問が飛んできた。


「影に穴が…ありました」


『他には?』


 オレは標的を見失わないように歩き出す。何を伝えればいいのか分からなくなりかけていたところで先日に橙木とおのぎが言っていたことを思い出す。


「一定の間隔をあけながら標的を追っています。状況は自分のときと似ています」


『分かりました。距離を取りつつそのまま追跡を』


 その言葉を最後に小紫こむらさきは電話を切った。オレは言われた通りに追跡を始める。


 どれくらいでここに来るのかは移動手段次第としか答えられない。少なくとも歩いてここまでくるという可能性は無いに等しいとカウントすると手段は車かバイク、電車やタクシーに限られる。


 時計を確認してどれぐらいの時間で小紫が現れるかを想定する。


 通常通りに来ることができれば車で20分も必要のない距離だ。だが、渋滞のことを考慮する必要がある。電車を使うにしても人身事故や遅延のことを頭に入れる必要がある。今のところは事故の情報は何もないにしても実は載っていないだけというパターンもないわけではない。


 もし、吸血鬼がその前にアクションを起こしたら、オレが対処しなければならない。


 それは、殺すということ。


 一瞬考えただけでも眩暈がしそうになって顔を抑えたが、収まるどころか思い出したくもない事故のことまで呼び覚ます。


 頭の中に凄惨という言葉などで言い表せない地獄が蘇る。


 壊れに壊れた車内と床に倒れて冷たくなった乗客、席に座ったまま死亡している者もいた。中には四肢の一部を失った遺体や残骸の下敷きになった遺体など多くの遺体があった。それが色を持って鮮烈に甦る。


 そして、オレの上に覆いかぶさるように死んでいた父…。


 これ以上を思い出す前にオレは自分の頬を殴った。


 今は、昔の罪は必要ない。今あるべきは最後まで戦い抜く覚悟で自分にもできるということを証明するだけの意思だ。


 そう決めて、オレは2人の後を追う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る