第19話 闇夜17(九竜サイド)

 帰ったら、叩かれた。


 強烈な一撃ではあったが、吸血鬼の一撃よりは痛くなかった。あくまでも肉体面での話で精神面には吸血鬼以上の威力だった。


「バカぁ‼どんだけ心配したと思ってんのよ‼」


 百葉ももはは入院したとき以上に泣いていた。置手紙を残すだけではダメだったと思いながら小言を甘んじて受けた。

 思い返すと約10日開けていたと思うと当然の反応かと納得した。


 鬼のような形相で怒られたのは久しぶりだったが、全然嫌な気分はしなかった。寧ろ安心感の方が勝った。同時に嘘をついたこと、これからも嘘をつき続けることを考えると気が重い。


「ごめん…なさい。もう、危ないことはしないから…」


 オレの謝罪を聞いた百葉ももはは少し疑惑の色を滲ませる視線で見つめてきた。目を逸らしたくなりながらも踏みとどまった。逃げようとすれば隠していることを見抜かれる。そんな予測が頭を駆けた。


「お願いだから、もう危ないことしないで…」


 泣きはらした目を直視していると居た堪れなかった。それ以上、彼女は何も言わなかった。


 話が一段落するとオレは夕餉を作ろうとしたが、百葉ももはは自分の仕事だと頑として譲らなかった。


 1週間ぶりに口にした百葉ももはの料理はとても美味しかった。当人に尋ねればいつも通りに作ったと答えるだろうが。


「美味しい?」と百葉ももははいつものように尋ねてきた。カレーは彼女の得意料理で週に一度は必ず作っている。


「ああ、美味しい…」


 これまでに口にした料理の中で一番おいしかった。自分にとって姉の存在がこれほど大きい存在ということ、最後の家族であることを思い知った。


 高々1週間。口にすれば短いようで長い時間だが、思い知るには十分な時間だ。そういった意味でも有意義な時間だった。


 落涙しそうになってオレはスプーンを動かし続けた。無我夢中で食べるオレを見ながら百葉ももはは微笑んでいた。


                  ♥


 翌日から学校に再び行くことになった。これ以上の欠席は確実に内申点へ悪影響を及ぼすからだ。


 クラスでは陰キャとして目立たない存在のオレだが、成績と授業態度は良好の優等生としてまかり通っているため1週間の欠席は教師陣には大いに心配をかけたようだった。ただ、オレが戻ったのとは入れ違いで馬淵が今日は欠席していた。


 気になったところとしては、遠方の親戚に不幸があったからという理由をでっちあげて欠席していたわけだが、流石に長期間過ぎたため怪しまれるかと思っていただけに特に言及を受けなかったことが不可解だった。もしかしたら、葵たちが圧力をかけたのかもしれない。残念ながら確かめる術はない。


 学校が終わるとオレは再び第二支部に足を運んだ。


 拠点は街中に堂々と構えられていてオフィスビルと言われては疑いようもないだろう外見をしている。入り口前に設置してあるビル名や内部に入っている会社は全てダミーだろうが。


 入口で正規発行されたカードを受け取るとオレは真っすぐ部屋に向かった。最初とは違って扉を開けるのに緊張感はなかった。


 部屋に入ると1人の女性と目が合った。オレを上梨の元に送り届けてくれた女性だ。挨拶をしようとしたところで先を越された。


「こんにちは。九竜くりゅう君」


 そう言った女性は本を閉じると立ち上がって一礼した。


 セミロングの黒髪に赤い縁取りの眼鏡とグレーのスーツ、口元に浮かべた柔らかな笑みは戦士というよりもOLを思わせる。それから彼女は「小紫甘楽こむらさきかんら」と名乗った。


 荷物をデスクの上に置くと表紙に『㊙』と印字してある薄い冊子を手渡された。


「今日はここの設備を覚えてもらいますね」


 パラパラとページを捲っていると細かにここの施設についてのデータが記されている。最後まで見てみると『持ち出し不可』の印字が施されていた。


「じゃあ、行きましょうか」

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