第1話 闇夜1(九竜サイド)
ジリリッ‼という耳を
睡眠状態の中にある脳が強烈な音で揺さぶられて意識が覚醒する。眠け眼で時計を手繰り寄せると針が示す時刻は6時前。セットした時間からは5分ほど過ぎてしまっているが十分許容範囲内だろう。
ベッドから起き上がって布団を畳むと寝間着を脱ぎ捨てて制服に袖を通す。
紺色のブレザーの制服は着始めて1年が経過しているため新鮮味はない。初めて袖を通した日から2週間ほどは新たな日常への期待と不安は少なからずあった。
何の想いもなく着替えを終えると部屋を出て1階に続く階段を下り、浴室に入って顔を洗った。僅かに残っていた眠気は水の冷たさで払拭される。
真っ白なタオルで顔を拭くと真っすぐリビングへ向かった。奥から朝食を用意する良い匂いがした。
「おはよう」と挨拶をして台所に足を踏み入れる。
「おはよー
顔はこっちに向けられておらず目線を一瞬だけ逸らすだけなのもいつも通り。料理中は緊急事態でもない限りは声をかけない。それがオレたち姉弟の間でずっと守られてきた不文律だ。
後ろを素通りして冷蔵庫を開けて未開封のミネラルウォーターが入ったペットボトルを取り出し、隣にある棚からコップを2つ取ってテーブルに向かう。テーブルの上には白米、味噌汁、箸が丁寧に配置されている。
待っている間は手持ち無沙汰であるため端末を取り出してニュースを確認していると昨日に無差別殺人があったらしい。
内容を読み進めていると、犯人は突入班によって皆殺しにされたらしい。肝心の巻き込まれた人々は半分ほどが逃走に成功したらしいが、多くの人が凶弾に倒れたとのことだった。突入班からも犠牲者が出たようだ。
別の記事に移ろうとしたところで声がかかった。
殆ど完成間近だったらしい。
立ち上がると百葉から2人分の皿を乗せたプレートを受け取った。サラダ、目玉焼き、軽く炒めたベーコンが盛り付けられている。踵を返して皿をテーブルに置いて席に着く。
「いただきます」と席に就こうとしている
「今日も美味しい」
「ありがと」
いつもと変わらない誉め言葉に
「来月は期末テストでしょ?ちゃんと対策してる?」
「やってるよ。去年の成績表は見たろ?心配はいらないよ」
学年が上がってから初めての中間テストがもうすぐやって来る。
それでも、弟を気に掛ける姉としては最も重要なことだろう。それがオレを育ててくれた姉への恩返しに繋がることは頭では理解している。とはいえ、何度も言われると自分は信じられていないのではないかと感じてしまうのも事実だ。
「そんなにオレが信用できない?」
「そうじゃないけど、やっぱり気になるんだよね」
半分ほど平らげた茶碗をテーブルの上に置いて
「ちゃんとした仕事に就くよ。姉さんの期待を裏切るつもりはない」
それに
「この場で念書を書かないと信じてもらえない?」
畳みかけるように言葉を続ける。これ以上話を続けるつもりはないという意思は十分に伝わるだろう。
「…分かった。この話はお終い」
「ごちそうさまでした」
いい音が鳴るほどに手を叩くと食器をシンクにまで運んだ。
「あと頼んだよ。それと今日はたぶん遅くなるから早く寝ててね。あ、宿題もちゃんとやるのよ?」
捲し立てて言うと
♥
駅まで徒歩で10分、電車で揺られること30分、更に徒歩で10分。そこにオレの通学する高校がある。
家には資産家の親が残してくれた遺産があり、
生活態度は静かを通り越して存在があるのかどうか分からない立ち位置にいる。クラスの雰囲気に馴染むというのはどうしても無理だった。
クラス替えが行われて2か月経過しても友人と言える存在はいない。そんな孤高というよりも孤立している学生がどのような生活を送るかは凡そ決まっている。本を読む、勉強をするぐらいしかない。いじめに遭っていないだけで十分幸運であると言えるだろう。
最初のころは特に問題なくこれらをルーティンとして出来るようになったが、3か月ほど経過してしまえば飽きることになる。当然と言えば当然だ。
オレには目指すべき世界が何もない。
校門を通って敷地に入ると校舎が出迎える。
建築してから時間が経過しているらしい校舎は風雨に晒され、塗装が剥がれて灰色に変色している。階層は5階で屋上が設けられている。敷地内にはプールやグランド、体育館など公立学校に必要な設備がしっかり整えられている。
校舎に入って階段を上がり、教室に足を踏み入れる。後は時間を潰して下校の時刻になるまで待つだけだ。それでも、クラスには陰キャを放っておかない陽キャというアニメや漫画など二次元にしかいないだろうと思える人物が現実に存在する。
席に背を預けて本を読んでいると1人の女子生徒が近づいてくる。
「今日は何読んでるの?」
クラスで中心人物の
「何か用?」
本を閉じてオレは嫌悪を混ぜた視線を送る。
明るさと世話焼き気質、本当に日本人かと問いたくなる美しいロングの銀髪と青い瞳を持った美少女だ。性格も良しで容姿も良し。更に勉強も出来て運動神経も抜群となれば男女ともに人気は高く慕われて不思議はない。つまるところ、生きる世界が違う。彼女がオレに関わるということが余計な悪感情をクラスに振りまくことになるのは火を見るよりも明らかなことだ。
「用がないなら早く戻った方がいい」
視線を
「用がないなら来ちゃいけない?」
口元に笑みを浮かべて
「…分かったよ」
立ち上がると廊下に出る。あとで顰蹙を買うことになるだろうが、馬淵を巻き込んで事態をややこしくするよりは余程いいと割り切る。
廊下に出て、階段を上って屋上の手前で止まる。屋上は昼休みと放課後に限って解放されている。今はこの場に人はいない。
「ここまで来なくたって誰も邪魔しないよ?」
「オレが嫌なんだ」
「何でわたしは認めてくれたの?」
壁にもたれかかりながら馬淵が問いかける。答えは知っているだろうと突っ込みたくなる衝動を抑えて答えを言う。
「あそこまで粘られたら折れるしかないだろ」
縁が出来たのは去年、入学式があった日だ。
うっかり上履きを忘れるというのは珍しくない話だ。スリッパを借りて終わりという話だが、
「近づくなって空気はちゃんと纏っていたはずだぞ」
思い返すまでもなく登校初日を始めに今日までオレの態度は一貫している。
他人に干渉しない、させない。棘だらけの鎧を身に纏っていれば下手に近づこうと考える人間はいない。普通の人間ならば触れようとはしない。
「ちゃんとお礼は言っておきたいじゃん」
「言えば終わりの話しだろ」
「まあ、そうなんだけどね」
少しだけ
「友達になりたいとでも言うつもりか?」
「勿論。
他の人間と違うのは当たり前だろう。十人十色というぐらいに人間は個人個人で考えが違う。
「
「そうでもないよ。何処でも自己研鑽を怠らない勤勉な生徒はわたしが知る中にはいないよ」
「生憎とオレはお前のお眼鏡に適うような人間じゃない。オレがしている読書は勉強ではなくただの自己防衛だ」
その言い草が面白かったのか馬淵が噴き出す。
「本当に1人になりたい人はそんな風には言わないよ」
一瞬だけ自分の中の芯のようなものが揺れたような気がし、「これ以上近づけるな」という警告文と共に頭の中で警報音が鳴り響く。
「断っても損はない。失うものはそっちにない。わたしがちょっと火傷するだけで済む。違う?」
こちらが反論する前に
「傷つくだけではすまないだろう。オレと下手に関わればお前の評価が下がる。付き合いが悪くなればそれだけ今後の交友関係に響く」
負けじと反論する。その言葉が目の前にいる少女のために言っているのか自分のために言っているのか分からなくなりそうになって
「そろそろ戻らなきゃね」
一足先に馬淵は階段を下りていく。オレは彼女の背中を見送る。続かないことを疑問に思って彼女が振り向く。
「どうしたの?」
「オレは後で行く。先に戻っていてくれ」
実際にはそんなつもりはないと心中で付け足しておく。
「分かった。じゃ、後でね」
納得したのかは分からないが馬淵は立ち去った。気配が完全になくなると階段を降りる。
1限目は教室に戻るつもりはない。お楽しみタイムの最中に
しかし、想像以上に鬱陶しかった上に口調が癇に障ったため徹底的に論破して泣かせた。そこから消火作業に当たるのは面倒なことこの上なかった。普通に考えてみればいじめに発展してしまいそうなものだが、馬淵の存在が抑止につながって最悪な事態に発展はしなかった。
階段を下りていると1つの疑問が浮かび上がる。
何故、高々スリッパを貸した程度でここまで付きまとわれるのか。物語のテンプレートな展開をなぞるのならば、惚れているからだろう。だが、魅力的な人間などオレ以外にいくらでも居る。自分から他人を徹底的に拒絶する問題児などよりも。
いくら考えても結論の出ない思考の整理も兼ねて保健室を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます