ハズレスキルで追放されたけど【文字化け】スキルが大当たりでした

稲荷竜

一章 黄昏のあとの旅立ち

第1話 ナギ・アンダーテイル

「すごい! 先天スキルが二つもありますよ!」


 ナギ・アンダーテイルの人生は輝きに満ちて始まった。


 まずは家柄。アンダーテイルという侯爵家の長男として生を受ける。

 大国であるグリモワールにおける侯爵という立場は他国でも通用するものだった。しかもアンダーテイル家は『魔導のアンダーテイル』と呼ばれる実力ある家だ。

 そこの長男でなおかつ、『先天スキル』二つ持ち。


『先天スキル』は一つあるだけで将来が約束されるとまで言われている。

 十五歳の成人式に判明する『潜在スキル』とのシナジーによっては大陸に覇を唱えることさえ可能となると言われる得難い才能が、二つ。


 ……ただし、先天スキルの片方は、彼の今後の苦境を暗示するかのようなものではあった。


「二つも!? 大神官どの、我が子の先天スキルは何と何なのだ!?」

「一つは【教導】というものです。これは、所持しているスキルを他者に教えることが可能となります。歴史上で名の知れた武道・魔道の祖はみなこのスキルを持っているとされているものです。潜在スキルが何かにもよりますが、これはすさまじい有用スキルですよ!」

「おお! して、もう一つは!?」

「もう一つは……」


 喜びに満ちていた大神官の顔にかげりが差した。

 しかし一瞬だけ言いよどみはしたものの、大神官は双子の父となる男に、事実を告げることにしたらしい。


「わかりません」

「……わからない?」

「はい。……いわゆる【文字化け】と呼ばれるもので、その効果が不明なのです。これは非常に珍しいものですが、歴史上いくつかは確認されていると、神殿の記録にはあります。しかし……」

「な、なんだ。言ってくれ……」

「……この【文字化け】スキルを持って生まれた者は、大陸に混乱をもたらすことが多いとも言われています。たとえば、五百年前の『魔王イトゥン』などが、【文字化け】スキルを持っていたとされています」


 出産の喜びにわく部屋に、不意に重苦しい空気が漂った。

 大神官は話題を変えるように笑顔になって、言葉を発する。


「もう一人のお子さんも、元気に産まれてよかったですね」

「あ、ああ……そうだ! もう一人の子の先天スキルは!?」

「そちらの子にはありませんけれど、お聞きください、あの元気な産声を。きっと健康に育ちますよ」

「そうか」


 双子の父となる男は、興味を失ったようにつぶやき、「それで、先天スキル持ちの息子についてだが……」と前置きして、


「なるべくいい教育を受けさせてやりたい。どうだろう、神殿の伝手を使って、各国からさまざまな英雄、傑物を招いて教育をさせてやりたいのだ」

「わかりました。アンダーテイル家には神殿も少なからずお世話になっていますからね。私も可能な限り便宜をはかりましょう」


 ナギの人生はこうして始まった。

 期待を受けて育つナギと、期待されずに育てられることになる妹のソラ。

 この時点では誰もが、ナギの人生こそ順風満帆で幸せなものになるだろうと思っていたのだけれど……



「ナギぼっちゃま! お待ちください! 本日は『剣聖』バルトロメオが隣国よりお越しになっているのですよ!」


 ━━五年後。


 ナギは逃げていた。


 やしきの庭園を飾る樹にのぼり、その葉の中に身をひそめる。

 追いかけてくるのはアンダーテイル家の執事と私兵たち。ナギの英才教育のために招いた教師を待たせてはならないと、大慌てで駆けてくる。


 それを青々とした葉がたくさんついた樹上から見下ろし、完全に通り過ぎるのを待って、ため息をつく。


「……もっと遊びたい……」


 五歳の少年は自分がいかにいい環境で育てられているかがわからない。

 むしろ毎日毎日、知らない大人が来ては魔術だの剣術だのダンスだの詰め込んでくる状況には嫌気がさしているほどだった。


「お兄様」

「うわっ!?」


 不意に背後からかけられた声に振り向けば、そこには双子の妹であるソラがいた。

 目の上で真っ直ぐに切りそろえられた黒髪に、どこか沈んだような黒い瞳が特徴的な、人形めいた少女だ。

 袖のたもとが広いドレスを好んで着ているが、そこにはたくさんのお菓子が入っているのをナギはよく知っている。


 この気配の乏しい妹は、こうしてナギが逃げ回っていると、決まって隠れる場所に先回りして待ち受けているのだ。

 今さら『どうやって先回りできたんだ』と問いかけるのも野暮なぐらい『いつものこと』なので、ナギは「なんだソラか……」とホッとした息をついた。


「また逃げているのねお兄様」

「だって……逃げないとずっとずっとずっとずうっとお勉強なんだよ!? 僕だって遊びたい! ソラみたいに!」

「またソラのお部屋に隠れる?」

「すぐにバレるよ。それに……」


 ナギはまだ幼かったけれど、利発だった。

 だからソラがナギをかくまったあとには、ソラが大人たちにいっぱい怒られるのを知っていた。かわいい妹が自分のために怒られるのがかわいそうだから、なるべく妹の部屋には隠れないように気をつかっていたのだ。

 そして、そうやって気づかっていることをはっきり口にしないプライドもあった。


「……それに、ソラのお部屋でできることなんか、人形遊びだけじゃないか」

「おままごともするわ」

「ソラが僕の奥さんと娘さんと妹さんとお母さんをやる異常なおままごとだろ!?」

「愛人もやる……」

「やらなくていいよ! ソラを奥さんにしてソラと浮気するの、頭がおかしくなりそうなんだ! 夢に見るんだよ!」

「お兄様の夢に出るの嬉しい」

「とにかく、ソラの部屋には行かないから!」


 そうやって大騒ぎしていたせいで、執事たちに見つかってしまう。

 のぼっている樹を取り囲まれてナギは観念し、「今、行きます……」と告げた。


「ソラはあとから樹を降りなよ。僕と話してると、その……」

「怒られる?」

「わかってるんだったら気をつけなよ……」

「でも、ソラが隠れたままだったら、お兄様、誰を相手に叫んでたことになるの……?」

「小鳥を相手に話してたことにでもするよ」

「小鳥相手に大騒ぎしてる人、大変、だめな感じ……」

「妹相手に大騒ぎしてる人もそこそこだめな感じだけどね」


 これ以上は話が終わらないのでさっさと降りていく。

 執事たちに連れられて、今日も英才教育の時間だ……



 潜在スキルというのは隠れているだけで、所持はしているとされている。

 ただしあらゆる能動的アクティブなスキル使用は、スキルの名前を認識していなければできない。

 それでも受動的パッシブにはずっと発動しているので、見る者が見れば、潜在スキルが何かというのも、おおよそ想像できるはずなのだけれど……


「剣術系ではありませんなァ!」


「魔導とは、少し違うように思われます」


「こいつぁ、製作系じゃねぇなぁ。少なくとも鍛治や魔道具技師とは違うモンだ」


「政務において有用な才能は感じ取れぬ」


「狩人って感じはしないッスね」


「暗殺・窃盗には向いていない」


「━━我が子の潜在スキルはいったいなんなのだ!?」


 ナギが十歳になるまでに、さまざまな『その道の英雄、傑物』を教師としてあてがった。

 一流の者たちはその見る目もまた一流だ。ナギの潜在スキルが彼らと同じ系列であるならば、断言はしないまでも『それっぽい感じがする』ぐらいのことは言ってくれるだろうと、期待された。


 しかし、誰も、ナギの潜在スキルがわからない。


 ナギとソラの父親であるカイエンは頭を抱えていた。

 いや、十五歳になれば潜在スキルはわかるのだ。

 わかるのだけれど、それはそれとして、せっかく先天スキルが二つもある息子の歩む道は早めに知りたいのが親心というものだろう。


 カイエンは『灰燼かいじん侯爵』と呼ばれる大魔術師……を父に持つ男だ。

 しかし父の才覚をまったく受け継ぐことができなかった。潜在スキルも【中級術師】というものだし、先天スキルも持っていない。

 自己鍛錬によって中級術師の中では最強と呼ばれるまでになった努力の人ではあるのだけれど、だからこそ潜在スキルによって保証される才能が、努力などではまったく及ぶことのできない絶対的なものであると思い知らされ続けてきた。


 コンプレックス。


 カイエンは才能がほしかった。しかしそれは、『生まれつき先天スキルを持っているかどうか』と『十五歳で判明する潜在スキルが何か』によって決定してしまうもので、覆ることはない。


 だからこそ才能ある息子の誕生を喜んだ。

 ……そこには、自分を見下していた『天才』たちを、彼らを上回る才能を持った我が子が蹂躙してくれることを願う、暗い気持ちもある。


 しかし……


「ナギ、お前の潜在スキルはいったい、なんなのだ……! 剣術でも魔導でも製作でも内政でもない! 裏仕事とも違う! そ、そうなってはもう、農民か、あるいは……」


 もう一つの可能性があまりにもおぞましくて、口に出すことさえはばかられた。


 ナギは先天スキルで【教導】を所持しているが、それは潜在スキルが何かによってかなり価値が変わる。

 もし農民スキルだった場合、平民が多く持ち、特筆すべき要素もない【農民】しか教導できないことになる。その場合、せっかくの先天スキルは台無しになると言っていい。


「何か、何か、価値あるスキルを……! 魔導にはこだわらん。なんでもいい。剣神……いや、剣聖や上級剣士などでもかまわない……! とにかく人が学ぶ価値のあるスキルを、どうか……!」


 十五歳になる前ではあったけれど、早くスキル鑑定を受けてほしいとカイエンは願った。

 しかし、それはできないのだ。スキル鑑定は神殿の領分であり、その神殿が崇める神が聖典において『スキル鑑定は十五歳で』と告げている。ここまで明確に記された神意にそむく神官など存在しない。


 カイエンは我がこと以上に心労を重ね、ナギの潜在スキルが一刻も早く確定してほしいと、毎日そればかりを願っていた。

 少しでもヒントがほしいと様々なスキルを持った教師を金に糸目をつけずに招聘しょうへいし、ナギには様々なことを学ばせている。


「ナギ……ああ、神よ! どうか我が子に才能を与えたまえ! あらゆる天才が『過去』になるほどの才能を! 歴史に名を残すほどの潜在スキルを!」


 カイエンの不安は尽きない。

 ナギが十五歳になるその日まで、ナギの潜在スキルは完全に不明だった。


 そして━━



 十五歳になったナギは、多くの同年代に混じって、王都の神殿まで来ていた。

 美しく成長した妹が隣にいるだけでも目立つが、ナギ自身も先天スキルを二つ持っていることが話題になり、注目されている。


 一人一人呼び出されて潜在スキルが宣言されていく中で、ナギはひどく緊張して自分の順番を待っていた。


 大聖堂に集った十五歳の少年少女たちがスキル鑑定を終えた最後の最後がナギの順番なのだ。

 これは単純に身分の高い者ほど後回しにされるという慣例があるからなのだった。


 自分はどんなスキルを持っているのだろう?

 同じ年齢の者たちが一喜一憂する様子を見ながら、ナギは不安と緊張で心拍数が上がるのを感じていた。


 やはり、魔導系だろうか? 潜在スキルの多くは血統によって継承されると言われていた。実際、魔導の家には魔導の、剣術の家には剣術の潜在スキルが発現しやすい。


「ソラ・アンダーテイル」


 艶やかな黒髪の妹が呼ばれ、とっくに鑑定を終えたのにいまだに帰らず見物している若者たちの視線を吸い寄せながら壇上へと歩いていく。

 とっくに夕刻だ。大聖堂の採光窓からは血のような光が降り注ぎ、ソラの歩みを赤々と照らしていた。

 真っ黒い髪に真っ黒いドレスをまとった妹が赤い光を受けながら歩む様子には、かなり『雰囲気』がある。

『この日の主役はお前だ』と父には言われているものの、妹こそが主役のようにナギには見えた。


「ソラ・アンダーテイル……潜在スキルは【魔神】!」


 どよめきが起こる。

 それは魔導系の最高位とされる潜在スキルだった。

 あまり表情が変化しないソラも、さすがにおどろいたようにナギを振り返る。

 妹の様子に微笑みを返して、


「続いて、ナギ・アンダーテイル」


 立ち上がり、歩いて、すれ違う。


 夕暮れはかげり始めてじきに夜がおとずれるだろう。


 緊張しきった歩みで壇上にのぼり、シワだらけのいかめしい顔をした最大神官の前でひざまずく。

 最大神官が大きな水晶のついた杖でナギの肩を二回軽く叩き、それから、目を細めて水晶をのぞきこみ……


 固まっていた。


 不審に思った。不安が胸中を支配した。

 鑑定中に声を出すことは許されていない。しかしナギは、呼びかけてしまった。


「最大神官様?」


 するといかめしい顔をした最大神官は我を取り戻し、憐れむような視線をナギに向けて、こう告げた。


「ナギ・アンダーテイル。潜在スキルは……【スカ】」


 ……それはレアスキルではあった。

 歴史上何人もいないだろうスキルだ。


 そのスキルが示す才覚は、『なにもない』。


 先天スキルを二つ持ち将来を嘱望しょくぼうされたナギは、こうして無能であることが確定してしまった。

 夜のとばりはすでに降り、闇が彼の顔にかかっていた。

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