【短編】 マッチングアプリのドッペルゲンガー

第29話「マッチングアプリでマッチングしました」

 ――ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


 金曜の夕方、家でまったりとくつろいでいた俺を無数のチャイムが邪魔をする。

 このチャイムの押し方は確実にネルだ。


「よぉ! 万二!! 今日はお前に頼みたいことがあって来たんだけどいいかな?」


 いいかな? と聞いてはいるが、ほぼ強制だ。『いい』というまでまるでゲームのキャラのように同じ様なセリフを言ってくるのだ。

 マンガ家だけあって、無駄に語彙力があるから、何パターンもお願いのセリフの述べるのが質が悪いし、すごく頑張って断ると、今度はそれはそれで危ないことに足を突っ込んでいたりするから目が離せない。


 俺はしぶしぶ玄関を開けて、アパートの中へ招き入れる。


「で、今日はどうしたんだ?」


「まずは、ほいっ。これ! 2巻が今日発売だからやるよ」


 自作の2巻発売とのことで、そのマンガ本を放り投げる。

 なんでも超人気で異例の月刊誌なのに3か月周期での発売になったらしい。


「ありがと、で、お願いっていうのはこれを読んでくれっていうのじゃもちろんないんだろ?」


「そうそう。オレ、マッチングアプリに登録したんだよ」


「マッチングアプリって出会い系みたいなやつだろ? 大丈夫なのか?」


 ただでさえ、編目村のときに色々買わされているのに、マッチングアプリなんてやって壺とか絵とか、はたまた宗教とかに勧誘されたり、美人局つつもたせとかに遭遇して金を脅し取られたらどうするんだ。


「大丈夫、大丈夫。マッチングアプリってかなり健全だし、あきらかな勧誘だけ避ければいいだけだから」


「そうなのか? まぁ、ちゃんと気をつけろよ。でも、マッチングアプリで俺が手伝えることなんてないだろ?」


 俺は首よ捻りつつ聞くと、自信満々に答えた。


「ドッペルゲンガーを探す! その為に協力してくれ!」


 ドッペルゲンガー? ドッペルゲンガーって確か自分と同じ姿をしている怪異で、見たら死ぬってやつだっけ?

 俺でも知っているくらいメジャーなやつだよな。


 でも――


「また危険な婚活しようとしてるのか! ドッペルゲンガーを見たら死ぬんだろっ!!」


「あ、いやいや、オレのドッペルゲンガーを探すんじゃないんだ。マッチングアプリにはこんな噂があるんだ」


 ネルは川鉄さんから聞いた話なんだけど、と前置きしてからドッペルゲンガーの噂を話し始めた。

 その内容は、マッチングアプリで同じ写真の女性が現れるという。そのうち片方は本人、もう片方はドッペルゲンガー。もし、そのドッペルゲンガーの方とマッチングしてしまうと恐ろしい未来が待っている。というものだった。


「で、ちょうどオレの漫画のネタ探しと婚活も兼ねて、調査してみたらどうだって川鉄さんが。本当はオレもマッチングアプリで理想の相手と会えるとは思っていないから気乗りしないんだけどさぁ。川鉄さんに言われたら、ねぇ」


 確かに断れないな。

 というか、この流れ、俺も探すの手伝うのか。手伝わなかったら、たぶん、川鉄さんからめっちゃ圧を掛けられるよな~。


「はぁ、手伝う一択しかないのか」


 という訳で、俺はパソコンからマッチングアプリに繋ぎ、ネルは携帯から探すこととなった。


 女性登録者数は約17万人。その全てを検証していくこととなった。


 マッチングアプリはプロフィールと写真を乗せて、あとは自分の好みの異性を探すアプリのようだ。気に入った異性には『いいね』を押して、それを相手が返してくれたらマッチング成功でLINEみたいなやり取りが出来るらしい。

 異性の探し方は、趣味だったり、ログイン頻度だったり、所在地や出身地だったり、年齢や体型だったり。なんかさらにお金を払うと検索内容はさらに増えるようだけど、俺たちは総当たりで探さないといけない為、そんな機能は一切使わず、完全に写真だけを見て判断していく。


 果てしない作業にまる一日を費やし、たぶん、5万人は確認したかというところでついに発見した。


「なぁ、ネル。これ、どう見ても、同一人物だよな」


「ああ、写真もプロフィールも一緒だな」


 日の当たるテラスのような場所で、斜め上を向いた綺麗な女性の写真。

 清楚なワンピース姿の女性はまるで女優のようであった。


「や、やった。とうとう見つけたな!!」


「ああ、長い道のりだった!!」


 俺たちは同時にハイタッチし喜びを分かち合った。


 ネルはさっそく両方の女性に『いいね』を送る。


 俺はネルのプロフィールを見ると改めて高スペックだなと実感する。

 年収は800万~1000万。身長も183cm。見た目も良いし、なんでマッチングアプリなんてやっているんだろうと思われるだろう。


 そして、『いいね』を送った2人の女性からは、案の定すぐに『いいね』への返信が来て、メッセージが送れるようになったかと思うと間髪入れず2通のメッセージが届いた。その内容はどちらもほとんど同じで。


「「ここでは話づらいのでLINEで話しませんか? IDは~~~~」」


 2通、まったく同じ文面。

 しかも、この内容は……。


「あ~、その、万二。オレも一応マッチングアプリやる前にそこそこに知識を入れて来てるんだけど」


「ネル。みなまで言うな。全く調べていない俺でもなんとなく分かる」


 こんなんドッペルゲンガーでもなんでもないよな。

 こんなことが起きるのなんて、このパターンしかない。


「業者がどっかの宣材写真を使って釣ろうとしてるな」


 俺とネルは同じ考えに行きついた。


「まじか~。婚活はもちろん、ネタにも微妙なんだけどっ! 確かにマッチングした結果、恐ろしい未来が来たけど、こういうんじゃないっ!!」


 心底悔しそうに見悶えるネル。


「まぁ、こんなくだらない結末で良かったよ」


 本当にドッペルゲンガーがいたら、ネルは喜々として会うだろうし、その場合どんな悪いことが起きるのか気が気でない。

 一日損したのは結構大きい気もするけど、命に関わるようなことじゃないしな。友達とくだらないことで一日遊んだと思えば、そこまでの不幸じゃない。


「くそ~、もう、さっさと退会してやる~」


 ネルは携帯を操作して、退会する為の作業をポチポチと行う。

 そんな、ネルを苦笑いしながら見つつ、ふと、パソコンの画面が揺れた気がして目を移す。

 

「なんだ? ディスプレイの調子でも悪いのか?」


 以降、特に不調は見られないかったが、


「あ~、こっちにも同じ写真使っているのがいたな。さっきまで気づかなかった」


 そこにあった写真はお見合い写真のように右斜め45度くらいに体を傾けた女性が写っていた。

 業者は意外とこういう写真でマッチングアプリをしている人を釣ろうとするんだな~。確かにモデルみたいに綺麗だから、つい『いいね』を押してしまうんだなと思っていると、


「――っ!!」


 左目の痛みに襲われ、目をパソコンから逸らす。


「よしっ! 退会完了!」


 ネルの退会作業が終了したようで、パソコンの画面は、そのマッチングアプリのホーム画面へと変わっていた。


「今のは、もしかして……」


 本物のドッペルゲンガーだったのか?


「どうしたんだ万二? なんかあったか?」


「い、いや、何でもない」


 ネルに言ったら、また探そうとするし、もしドッペルゲンガーと会うことになったら、どんな未来が待っているのか。

 というか、最近、ネルの厄介事は俺の厄介事になってるし、ここは隠してでも回避に専念!

 それに今の人も業者かもしれないしな。


 うん、俺は業者らしき人しか見なかった!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る