【マッチング4】 冥婚の二次会

第22話「結婚式の二次会でマッチングしました」

 あの蛇女房の婚活から1ヶ月、俺は依然として悪夢に悩まされていたが、それでも平穏な日々を送っていた。

 その理由は単にネルの締め切りが、あの婚活の所為でやばくて川鉄さんという編集に捕まっていた為なのだが。


 だが、今日その平穏は玄関のチャイムと共に破られた。


――ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


 この玄関のチャイムをしっかり1回だけ鳴らす奴はいないのか?


「どうせ、ネルだろ。どうしたんだ今日は?」


 俺は前回の反省を生かし、ネルだと思いつつもしっかりドアチェーンを掛けてから開ける。


「おっ! 万二。どうしたんだ? オレだよ。オレ。チェーン開けてくれよ」


 なんか、オレオレ詐欺っぽくて開けるの嫌なんだが。


 だが、ドアの隙間から見える男は、照明もないのにキラキラと光輝いて見えるくらいのイケメン。こんなイケメンは俺の知り合いでは神原かんばらネルしか知らない。


 一度ドアを閉めると、チェーンを開けて出迎える。


「で、なんの用だ? 出来れば普通の用事だといいんだが」


 こいつに付き合うとろくな目に合わない。なんで友達やっているのか不思議なくらいだ。

 …………いや、まぁ、悪いやつじゃないし、俺が本当に困ってると一応助けようとはしてくれる奴だからな。

 なんとなく憎めないのだ。


「まぁ、そう身構えるなって。今日は普通のお願いだ。今度知り合いの結婚式の二次会にゲストとして呼ばれたから、運転手と荷物持ちをやってほしいんだよ。ちゃんとバイト代は出すからさ」


「……本当にそれだけか?」


「そう。それだけ、それにゲストとして来てほしいって依頼してくれた相手はお前のことも知ってそうだったし。友達も一緒にどうぞって」


 俺のことを知ってる?

 しかも、ネルの友達として。

 学生時代の旧友ならネルから名前が出るはずだし、そうじゃない知り合いって誰かいたか?


 それとなく、嫌な予感はするが、二次会のゲストっていうネルの仕事でもあるし、あんまり詮索するのも失礼か。


「それだけならいいぞ。で、それはいつなんだ?」


「今日」


 ……こいつ。今、って言ったか?


「すまん。なにかの聞き間違いか。今日って言った?」


「そうそう。今日なんだよ。いや、これでも本当はもう少し前に連絡したかったんだ。ただ、今日、仕事をしないで良い日を作るのに、鬼と邂逅していてね」


 つまり、川鉄さんに見張られていたと。

 

「そういう理由ならいいけど、スーツどこにやったかな。探すから少し待っててくれないか?」


「その心配はいらないぞ! 万二の分のスーツはすでに手配済みだ」


 ネルは紙袋を押し付けてくる。

 スーツを用意する時間があるなら先に俺に連絡しろよ。

 かなり不満に思いながら紙袋の中をあらためる。中には紺色のスーツにシャツ、ネクタイまで準備は万端だった。

 ただ――。


「おいおい。黒いネクタイは結婚式じゃタブーだぞ。白いネクタイなら確かあそこに」


 結局すぐに見つかったネクタイは水色のものだったが、二次会だし黒よりは数段良いし、大丈夫だろう。


「そう言えば、これサイズは大丈夫なのか?」


「見た目で適当に選んだからな。多少違っても大目にみてくれ。ただ、マンガ家の観察眼を舐めないでもらいたいね」


 良かった。俺はネルの発言に少しホッとした。寝てる間に測ったとか、俺のクローゼットにある服を盗んだとかの気持ち悪い発言じゃなくて。


 とりあえずネルの持ってきたスーツを着ると、はたして俺のサイズにぴったり。しかもセンスもよく。部屋に戻って姿見で見た俺はネルの隣に並んでもおかしくない程カッコイイんじゃないかな。


「このスーツ、めちゃくちゃ良いな。バイト代の代わりにほしいくらいだ」


「それは良かった。バイト代とは別にやるよ。もともとそのつもりだったし、返してもらってもそのサイズ入る奴なんて、そうそういないし」


 確かに俺くらいガタイが良い奴はそうそういないし、返されてもタンスの肥やしになるしかないな。


「そういうことならありがたくいただいていくよ! で、俺は何をすればいい?」


 我ながら現金かもしれないが、センスの良いスーツにバイト代。さらに普通の要件という好条件に自然と頬が緩む。


「助かる。それじゃ一回うちにもどって、ウェルカムボード持って行くの手伝ってくれ」


 ちゃんとだっ!!

 というか、漫画の締め切りもありつつ、ウェルカムボードまで作っていたのか。こいつ一日何時間働いてるんだ?


「ん? どうした?」


「いや、なんでもない」


 俺の友達はすごい奴だなと誇りに思いながら、出発することとなった。

 ネルの車、ドライブ号を意気揚々と運転し、一度ネルのマンションへ。


「……めっちゃデカイな。確かにこれは人手が必要なのも頷ける」


 2メートルくらいあるボードにネルの漫画のキャラが結婚式を祝っている。

 これはファンじゃなくても嬉し――ん? なんだこれ?


 主人公とヒロインのキャラの顔のところが何かオカシイ。

 俺が触れようとすると、


「あ、そこは触れないでくれ。飾るのは結婚式からで、二次会用に顔だしパネルにも出来るようにしてるから」


 よくよく見ると円形に線がうっすらと見え、その部分だけ外せそうになっている。


「よくこんなの作ったな!!」


「ああ、川鉄さんにもめっちゃ怒られたからなっ! そんなギミック作る暇があるなら漫画を書けって!!」


 めっちゃいい笑顔!!


 けれど、まさかこの顔だしパネルの理由が、あんな恐ろしいものだったなんて。

 このときには知る由もなかった。

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