第五話

 「何言ってるか分からないわ……」


 「私も……」


 マリアンヌもエスリーンも頭を抱えてる。戦略という授業だ。


 ところがエリックもザックも理解してる。何で!?


 「あなたたちも軍隊や傭兵騎士団を率いるのかもしれないのです。必死に勉強して頂戴」


 (それにしても軍隊は前近代のままだな)


 「昼間の学生はほとんどの学生が理解してるぞ」


 クラウドが叱咤激励してる。


 「冬休み明けに後期試験終えて卒業するのよ」


 「エスリーン、下手したらお前傭兵騎士団を雇うかもしれんぞ。戦争になったら」


 (えっ!?そんなの『マジックラブ』にねえ機能じゃん!!)


 乙女ゲームの根本を壊したせいでやはり何かが大きく変わってしまったのだ。もっともそういう乙女ゲームが無いわけじゃない。例えば『遥かな日本史の空へ』という乙女ゲームではRPGパートがちゃんとある。でも、ねえ……。


 「分かった! 重装歩兵だらけにすれば倒れない!」


 エリックもザックもこのエスリーンの驚愕発言に頭を抱えた。


 「お前、戦争で死ぬぞ!?」


 ザックが警告する。


 「えっ? フルアーマー部隊をたくさん置けば味方は傷つけられないじゃん」


 「エスリーン。あのね……」


 エリックが一呼吸置く。


 「重装歩兵はたぶん僕の爆発魔法の餌食だよ」


 「へ?」


 「私がいつも世話してる天馬部隊で空から攻撃すればすぐ終わるのでは?」


 マリアンヌは飛行部隊強化案だ。


 「エスリーンの魔法矢で部隊全滅ですな」


 クラウドが一蹴する。


 「こうなったら包囲殲滅陣だ!」


 エスリーンは戦術の授業で苦しくなったら「包囲殲滅陣」という。


 「まずいわ……」


 聖女様の顔は深刻だ。


 「エスリーン、マリアンヌ。二人は冬休み中に特別補習いたします」


 思わず凍り付いた。


◆◇◆◇


 「仕方ないね。君たちも冬休みほしいでしょ?」


 ヴァースキが言う。


 「欲しい。引きこもりたい」


 エスリーンは正直だ。


 「勿論ですわ!!」


 分かるよ、同士よ。


 「このチェスで説明するぞ」


 ヴァースキが駒を置いた。


 「鶴翼の陣」


 「え?」


 「防御に徹してる。後ろは弓矢や魔法部隊だな。方円陣。これは大将を守る最終手段だな。鋒矢(ほうし)。これはお勧めだ」


 「へえ」


 黒板じゃ全然意味が分からなかった。しかし実際に敵側から見るとけっこう攻めるのが難しい。


 「エスリーン。君は悪と罵られる覚悟があるか?」


 「え? どういう……」


 「どうもこうもじゃない。戦場では『卑怯』という言葉は誉め言葉だ。例えば俺がエスリーンの敵だったらマリアンヌを人質にとる」


 (!!)


 「俺たちは帝国でもなければ強力な王国でもない。諸侯の集合体にすぎない。だからこそもっと慎重にならないといけない」


 「そう……よね」


 「その手を血で汚しても国を守り切らねばならない。ましてこの国は魔導という宝物を持ってる」


 「そうですよね」


 マリアンヌがヴァースキの顔を見つける。


 「まあ……俺だったら……耳をかせ」


 (――!)


 マリアンヌも驚く。


 「それが戦場の現実だ」


 「盟主様、教授陣より教え方上手です」


 「でも勘違いするなよ? 平時で悪に堕ちたらおしまいだ。あくまで戦場での話だ」


 「毒なんて思いつきませんでした」


 「声がでかい」


 軽く頭をたたかれるマリアンヌ。


 「そもそもエスリーンが発明した魔導による輸送部隊は……こうすれば」


 「あ!」


 「すごい」


 「技術が進歩しようとも輸送を断ち切るのは戦場の基本」


 線路を断ち切ってしまえばあとは馬や竜や天馬による輸送になってしまう。つまり文明水準が元に戻ってしまうのだ。


「エスリーン。いざという時は『悪役令嬢』になれ。いいか? 悪じゃない。『悪役』だ」


 (「悪役」と「悪」は、違う?)


 「さ、これでもって冬休みは羽を伸ばすんだな、俺は聖女様に用事があるんでそれでは」


◆◇◆◇


 「聖女様、失礼します」

 

 「どうしたのヴァースキ」


 「これを……」


 それは万が一の時の盟主交代のための「遺書」だった。


 「大事なことは教えたぜ。あいつには『悪役令嬢』になれと」


 「この遺書が実行されないことを願います」


 「実行されなくてもあいつは次期盟主の器だと思うぜ」


 「ヒキコモリ令嬢が、ですが?」


 「対面でなくとも仕事は出来る。リモートでね」


 「時々、あなたの考えてることが分かりません」


 「じきに知ることになるさ」


 そういってヴァースキは聖女室を去った。

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