引きこもり令嬢エスリーンの逆襲 婚約破棄・追放からの逆転人生の答えは魔導書にあった!

らんた

第一章 破滅フラグなんて折るわよ!

第一話

 「アトゥール=エスリーン侯爵!  貴様の変人っぷりには愛想が尽きた!  お前と私の婚約は破棄する!」


 学院の夜会。そんな場で、ザクル=ピピンの声が会場に響き渡った。


(えっ!! ここって『マジックラブ』の世界の中じゃん!!)


 「当たり前だ! こんなヒキコモリ令嬢をピピン家に迎え入れられるとか思ってるのか!」


 (ん!? この姿……もしかして……エスリーンじゃん!!)


 アトゥール=エスリーンは三女であった。長男、長女、次女に比べて学力も魔力も圧倒的に劣る。こういった貴族の子は家庭教師ではなくキーウ魔導学院へ放り込まれるのだ。うまく魔法を習得できるものは小貴族として生き延びることが出来る。逆に平民も入学でき、平民は卒業すると一代限りの貴族になれるのだ。


 エスリーンは食堂では汚物を入れられて、模擬戦では魔法の餌食となっていた。エスリーンは弓使いだが全く持って戦力にならなかった。初歩的な魔法すら碌に使えなかった。


 そんなエスリーンをなぜピピン家に迎え入れるのか。そうだ。政略結婚だ。しかしアトゥール家も没落していたので用済みだったのだろう。ザクル=ピピンも生き残るのに必死だ。相手を選ぶのには慎重にならねばならぬ。


 エスリーンはいつも寮や図書館に引きこもっていた。閉架書庫エリアだけがエスリーンの居場所だった。


 そもそもエスリーンは睡眠薬を飲まされ袋に詰められてザーク魔法学院に放り込まれたのである。しかもこの魔法学校で落ちこぼれたら貴族籍剥奪、つまり自動的に追放処分になるのだ。最終的には断頭台に行くことになる。


 そういう設定のキャラなのだ。


 爆笑の渦から逃れるべくエスリーンは夜会やかいを抜ける。


 エスリーンはいつもの閉架書庫にたどり着いた。彼女はいつもここか寮にいる。


 (よかった、ここならだれも傷つける人は居ない)


 「これじゃ現実の自分と同じじゃない……」


 エスリーンは……田中は泣き崩れた。


 そしてこっそり見つけた本があった。前のキャラで動かしてた時に発見した本だった。


 古代魔導書。『カドラの小さな鍵』と書いてある。


 『カドラの小さな鍵』八七ページによると上下に銅線を巻いて磁石を回すとなんと魔法が扱えなくても雷魔法を発動できるという。これ「中学理科」の内容まんまやんけ。


 こっそり拝借して来た銅線と磁石と黒鉛。黒鉛に至っては消し炭を貯めたものだ。


 ガラスの中に黒鉛を入れた。鉄と鉄の間に黒鉛を挟んだのだ。鉄に銅線を付ける。そして魔導書の指示の通り小さなプロペラを回してみた。プロペラは軸を回す。この軸が磁石を回す。すると……。


 「出来た……」


 まさにそれは魔法の奥義であった。ランタンと同じように光るのだ。魔法というか科学なのだが。その時……気配がした。


 「君は凄いね」


 闇から声が発した。


 「誰!?」


 エスリーンは闇に向かって問う。


 「いつも僕の居眠りを妨げて魔法研究に明け暮れていたんだからね。ようやく研究成果が出たね」


 それはまるで悪魔のような声だった。ってか……エスリーンってそんな子だったの!?


 「僕は君、君は僕さ」


 現れたのはいつも図書館の机で寝てるエリック……に見えない。


 「で、で、で、で、出た~~~!」


 思わず悪魔祓いの呪文を唱えるエスリーン。前のキャラを動かしてた時に覚えた魔よけの魔法だ。エスリーンの魔力じゃ利きやしない。


 「落ち着け」


 手を大きく前へ出すエリック。


 「幽霊じゃない。悪魔でもない」


 本当にエリックだった。黒のフードかぶってるから本人に見えなかったわ。


 「そうだよ。君は凄いことをやったんだ」


 発明品に指を出すエリック。


 「僕も貴族らしくないとか変わり者とか言われてこの学校に放逐された身なんだ」


 (へえ)


 「君は、本当は天才だよ」


 冗談や冷笑の類での発言ではなさそうだ。


 「そんななことないいです」


 声が震えていた。


 「一回、君は身元を隠してみたら?」


 懐から取り出したのは面頬だった。仮面の一種だ。


 「こんな風にね。秘密研究をやるんだよ」


 エリックが面頬を付けるとなんと声まで変わった。その声はもはや悪魔の誘惑、いや……悪魔そのものの声だった。


 床に置いたランタンの火が激しく燃える。


 「ここに有志も居る」


 現れたのは面頬を付け黒フードをかぶった者が二人!! いつのまに!


 面頬を取ると剣士ザック、辺境伯の娘マリアンヌだった。


 「見たんだぜ?」


 ザックが嬉しそうに言う。


 「貴方凄いですわ」


 マリアンヌが光るガラスを見てうなずく。


 「俺たち落ちこぼれ貴族の逆襲と行こうや」


 「えっ」


 ザックから渡されたのは面頬。


 「性格も変わるぜ?」


 エスリーンは恐る恐る面頬を付けて見た。


 「本当だな?」


 声が変わった。


 「ああ、十分変わってるよ。それとこの闇のフードを着てごらん」


 エスリーンはマリアンヌから渡された新品の闇のフードを着こんでみた。たしかに今までの自分じゃないみたい。


 「やるだけやってみるぞ」


 (ああ……破滅フラグが設定されているゲームキャラに転生だなんて)


 「おい、大丈夫か!」


 エリックがあわてて駆け寄る。


  このままだと私は断頭台行なのよね。絶対に阻止してやる。


 「なってたまるか!」


 「おい、どうした急に!」


 これが、大魔法使いエスリーン誕生の瞬間だった。


◆◇◆◇


 翌日……四人はいつもの閉架書庫にやって来た。


 「本物の授業の開始だ」


 エリックが宣言する。さっそくエスリーンは実験道具を用意した。


 「実はこの魔法の披露は半分に過ぎないんだよな」


 エリックは念を押した。そう、エリックは魔導奥義書の真の意味を知っていた。


 「はい」


 エスリーンはそう言うとブレードを二個用意した。


 「どうなるってんだ?」


 ザックはまったく分からない。


 「黙って見てなさいって!」

 

 マリアンヌはザックを注意した。


 エスリーンはランタンのガラスを外す。そして発電用モーターのブレードにランタンの火を当てた。ブレードは逆方向に回る。すると……。


「すごい」


 なんともう一つのブレードが回ることで軸も回る。マリアンヌが驚く。


「これが『モーター』よ」


 エスリーンが誇らしく言った。


「えっ? これの何が凄いの?」


 ザックは全く意味が分からない。


「こんなの俺の魔法剣でどうにでもなる」


 そう、魔法剣の使い手から見たらだからなんなのという代物である。


「だから、この本は見捨てられたんだ」


 エリックはザックを諭した。


「この程度ならば自分の魔法でどうにかなる。だからこそ『カドラの小さな鍵』は見捨てられ、ここの閉架図書に埋もれてる。でもこの発電システムを水車に応用したら?」


「あっ……」


 ザックはようやく理解した。


「水力発電にもなる」


 エリックは補足説明した。そう、ブレードを回すのなら別に火でなくともいいのだ。


「でもそんなの上位雷魔法でどうにでもなるじゃないか!」


 ザックはなおも食い下がる。


「その通り。でも落ちこぼれや魔法を使わない人が救われる」


 そう、これは魔法が使えないものにとって革命的な魔導具である。


「これからが見せ場なの」


 エスリーンは小さな車輪にモーターの軸を付ける。


 (まだ、これおもちゃレベルなんだけどね)


 すると車輪が勝手に動き出す。


 「つまり、『モーター』を使えば『MP』を消費せずとも物が楽に運べるって事……」


 「えっ!? それって凄くね!」


 ザックは「MP」という言葉に反応した。


「そう、これを巨大化すれば、物流革命を起こせる」


 エスリーンは元の世界に居た日本の山手線の大崎駅と目黒駅を思い出した。目黒駅が高校の最寄りの下車駅なのだ。元居た世界はなんて便利な世界なんだろうとしみじみ感じる。エスリーンこと田中は自分が前の世界で住んでた大崎駅すぐのマンションを思い出してしまった。


「そこまでよ!」


 閉架図書エリアの明かりが次々に点く。この世界は魔法石で点灯・消灯するに出来ている。だから電球一個も碌に作れなかったのだ。


 学院騎士団と聖女エリー様だ。


「ここは火気厳禁なの」


 笑みを浮かべながら聖女がこちらに近づいてくる。


「貴方たち、面白いおもちゃ作ったのね」


「俺たちは何も悪いことしてねえぜ」


 ザックがなおも食い下がる。


「そうかしら? 火の扱い方を誤ったら貴重書をすべて失うわ。貴方はここを火の海にするつもり?」


 騎士団が四人を囲む。


「この四人を地下牢に入れなさい」


「「はっ!」」


「やめろ!」


エリックは抵抗したが非力な彼では勝てない。


「離して」


私のせいかしら?


「見逃してくれ」 


おいおい、てめえ逃げるつもりかよザック!


「私も?」


あたりめえだろマリアンヌ。


四人の抵抗も空しく四人は地下牢に入れられてしまった。

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